2013年のリリース以降、堅調な成長を続けるクラウドファンディングサービス「Makuake(マクアケ)」を運営する株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディング(サイバーエージェント子会社)

「Makuake」のサービス成長の裏には、それを支える開発組織の変革がありました。
以前リードエンジニアの吉田によるブログ記事「Well-Architected を目指した改善と組織文化への影響」を公開しましたが、吉田はこれまでWebサービスの開発経験が一切無かったという社長 中山と日々どのように奮闘してきたのか。

サイバーエージェント アドテクスタジオでプロダクトマネージャーを担当する渡邉がインタビュアーとなり、2人に話を聞きました。

 

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中山 亮太郎
株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディング 代表取締役社長。
2006年新卒入社。社長アシスタントやメディア事業の立ち上げを経て、2010年からベトナムにベンチャーキャピタリストとして赴任し現地のスタートアップへの投資を行う。2013年に帰国後は株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディングを設立し、現職。同年クラウドファンディングサービス「Makuake(マクアケ)」をリリース。

 

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吉田 慶章
株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディング リードエンジニア。
大手外資系SIerを経て、2013年12月中途入社。入社後はアドテクスタジオで主にDMP事業のデータ集計基盤と管理画面の開発を担当し、並行してチームマネジメントや新卒のメンタリングにも従事。2015年10月より現職。ウェブオペレーションエンジニアとしてクラウドアーキテクチャの設計、構築、運用を担当している。

 

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【インタビュアー】渡邉 雄作
アドテクスタジオ プロダクトマネージャー。金融系SIerを経て、2006年中途入社。「アメブロ」や「アメーバピグ」をはじめ様々なコミュニティサービスの開発を担当したのち、2013年よりアドテクスタジオで現職。プロダクトマネージャーとして、プロダクトデザインやアーキテクトデザイン、事業戦略の策定やチームビルドに従事。

 

急成長するサービスに開発が追いついていなかった

――渡邉:「Makuake」は今どういったチーム構成で運営されてるんですか

中山:現在メンバー全体で約30人います。そのうち開発に携わっているのが全部で8名で、エンジニアが4名、グロースハッカーが1名、デザイナーが2名、ディレクター1名という構成で、それ以外は営業やPR担当です。
吉田はその中でリードエンジニアという位置付けで、開発組織の変革に大きく貢献してくれています。

 

吉田:サイバーエージェント本体のアドテクスタジオからMakuakeに異動して1年ちょっと経つのですが、異動当初の「Makuake」はサービス障害も多く、サービスの急成長に開発が追いついていない、という印象でした。

異動した直後は組織に慣れるのに必死でしたし、大規模な新機能の開発を任されていたため、サーバサイドの開発にフォーカスしていました。ただ徐々にインフラ関連の技術的負債が一番のボトルネックになっていることを感じ、新機能の開発が落ち着いた異動後4か月のタイミングで、ウェブオペレーションにフォーカスしDevOps を文化として根付かせたいと社長に直談判しました。

 

――渡邉:開発が追いついてないというのは具体的には?

吉田:本当に基本的な部分で、たとえば環境構築ができなかったんです。ローカル環境がMacで動かない。テストも自動化されていないし、デプロイも1か月に数回しかできないから開発効率が非常に悪い。新機能をつくるたびにエラーが出てくるという有様でした。ここはどうなっているのか、と周りのエンジニアに聞いても皆すごく疲弊していたので建設的な回答は返って来ず…ネガティブな雰囲気が漂っていましたね。

 

中山:会社設立から3か月経たないくらいでWebサイトを制作したので、ちょうど吉田くんがジョインしたときにはそのひずみが生じてきている状態でシステムエラーが頻発していました。もちろんWebサイト制作当初のスピード感がなければ事業が立ち上がらなかったと思うのですが、立ち上げ期の経営判断のひづみが出て来た時期だったと思います。

恥ずかしい話、当初私は社長でありながら自分たちのサイトが何の言語で作られているかすら分からなかったんです。営業の得意な経営層が揃っている組織で、CTOもいなかったので、技術的負債があるということすら認識していなかった。

障害が頻繁に起こることで障害対応でエンジニアは疲弊していて、その中で社長である私は「新機能作って」と指示していて…今思うとあのころは皆辛かっただっただろうな、と感じてます。吉田くんが言っていた周囲のネガティブな雰囲気というのも、「言っていることは分かるし、自分たちだって何とかしたいけど、現状じゃどうしようもないんだよ」といった気持ちの表れだったと思います。

 

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――渡邉:そういった状況の中で吉田さんから社長に技術的負債をしっかり返済したいという提案をしたんですね

吉田:はい、技術的負債の返済だけでなく、チーム自体も大きく変革していきたいと思いました。サービスの急成長に開発が追いついていない背景には、開発メンバーと社長とのコミュニケーションがうまくとれていないという問題があったんです。

これまでWebサービスの開発に携わったことのない社長とエンジニアでは価値観も大きく異なるし、共通言語も乏しい。共通言語が乏しいと、単純にコミュニケーションのコストが高くなってしまいますよね。そうするとどんどんコミュニケーションを避ける傾向になってしまいます。
私が大好きな本『Fearless Change』の中に、”経営層の支持者” というパターンがあるんです。そこに書いてある通り、どんな組織でも経営層を巻き込まないと大きなイノベーションは起こせないと思っていたので、積極的に社長とコミュニケーションをとろう、と決めました。特に技術的負債の返済のように、目に見えない部分に価値を置くためには、より一層社長の理解が重要と考えたんです。

 
――渡邉:組織を変えたい、このままだとまずいって危機感を持つ人は多いとおもうけど、実際に行動に移して最初の一歩を踏み出すのってすごく難しいですよね

吉田:今回のようなお話をさせていただくと、まるで私が根っからのポジティブで意識が高くて、いわゆる “優等生” のように思われてしまうかもしれませんが(笑)以前は恵まれた環境にいながらも自分の未熟さゆえに組織に対しての不満や課題を自分の中に溜め込んでしまうようなタイプでした。正直、時にはそのネガティブさを外に出してしまうこともあったんです。
そんなとき当時の上司に「いくら努力して技術力を上げても、そんなスタンスじゃ正当に評価されないし、自分自身の信頼を下げてしまう」と喝を入れられて、はっと気づかされました。そういった経験から、今回こそは自分自身課題に感じるところがあるならそれを前向きに解決していけるようにしようと覚悟を決めたんです。
「Makuake」は将来もっと多くの人に使われるサービスになると確信していましたし、恵まれたチャンスを生かさない手は無いと思いました。

 

 

社長に技術を「知って」もらうために

――渡邉:社長と積極的にコミュニケーションって実際にはどんなことに取り組んだんですか?

吉田:今日一番声を大にして言いたいところなのですが(笑)いわゆるエモいことを言うのは簡単ですが、中長期的に継続していくことって本当に難しいんです。
まず、技術的負債とは何なのか?を説明しました。技術理解の浅い経営層の場合、動いているなら良いだろうと思いがちです。でも、同じ「動いている」でも「正常に動いている」のと「奇跡的に動いている」ことは違いますし、あの開発が遅れたのは、本当はこういうことがあって…というように具体的に話すようにしました。また、当時組織の状態を鑑みて社長ができる限りオフィスにいてくれたので、パフォーマンス改善を行ったら前後の様子をグラフで可視化して見せに行って成果が出ていることをアピールしたり、社内エンジニアの勉強会に社長に参加してもらったり。社内勉強会で私が発表するときには、ひたすら社長の目を見て、露骨にアピールしながら話しました(笑)
また私が外部イベントに登壇するときも、積極的に資料を共有して、理解してもらえるまで読んでもらいました。

あと他社の開発組織での事例を紹介した良い記事や参考になりそうな本を見つけたら、ひたすら送ったりもしましたね。

その他にも、サイバーエージェントグループには優秀なエンジニアが多いので、社長と話す機会を作るようにもしました。以前アドテクスタジオに在籍していたため優秀なエンジニアを多く知っていたので、ぜひどういう技術者がいるのか知ってほしいと思っていたんです。

 

中山:これまでのキャリアでそもそも技術者と接する機会が少なかったですし、経営者なのでどうしても他社の経営者と話すことが多くなるんです。吉田くんに紹介してもらった他部署のエンジニアや、プロデューサーと話す機会を増やしたことで、開発組織がどうあるべきか考えるタネが増えていきました。

 

――渡邉:これはあくまで私の観測範囲ですが、アピールなんて意味ないって考えている人割と多いんじゃないかと思うんですよね。あの人は政治的な動きしているとかアピール上手だとか、ネガティブに捉えられてしまうこともありますし。でも吉田さんが言ってた『Fearless Change』じゃないですけど、まずは話を聞いてもらって理解してもらわないと自分の好きなこともできないし、前には進めないので、やっぱりある程度のアピールは大事だと思うんです。

積極的にエンジニアとコミュニケーションをとるようになって、中山さんはどう感じたんでしょうか?

 

中山:教えてもらった記事や本を読んでみても、最初は本当に理解不能でした。サーバーサイドエンジニアとWebフロントエンジニアの違いが分からないくらいだったので…
エンジニアの日報は毎日欠かさず目を通すようにしているのですが、日報に書かれていて理解できない単語をググって、というのは今も継続して続けています。30代になると記憶力が悪くなるのと、ググって調べても、また分からない単語に出会って…という無限ループに陥ることも多々ありますが(笑)
他社のエンジニアがイベントで話していた開発組織におけるエモい話で、技術を全く理解していないダメダメな事業責任者キャラみたいなのが出てくると「これ、俺じゃん」と感じたりしましたね(笑)その他にも技術者のつらみあるあるとか見ても、私にとっては全く笑いごとではなくって。ああ自分はこういうのだめだったんだ、と見つめ直す良いきっかけになりました。

 

そして、開発が強い組織でなければサービスは伸びないと強く感じたんです。
私は2010年から3年間ベンチャーキャピタリストとしてベトナムにいたんですが、2011年に新規サービスを100個作るという方針のもとエンジニアが多く採用されたこともあり、日本へ帰国後会社の雰囲気が大きく変わったように思えました。良いプロダクトが生まれる環境がサイバーエージェント全体にどんどん広がっているし、サイバーエージェントのサービスを使っていて日々使いやすくなっていると実感したんです。
Makuakeには私を含めて取締役が3人いますが、開発が強い組織に変えていくのは社長である自分のミッションだと、そのときに腹をくくりました。

 

吉田:そのタイミングで社長が毎週開発メンバー全員と1on1を実施してくれました。社長は気さくで話しやすい雰囲気をつくるのに長けているので、1on1がすごく上手だと思います。1on1だからこそ引き出せる話もあるので、非常に有意義な時間でした。

 

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中山:どうやったらもっと良いチームになるか意見を聞いたり、現状の課題や理想の組織像をタイムリーにキャッチアップするようにしました。1on1を通して、思いがけないキャリアのビジョンが出てきたりとメンバーのことをより深く知れるようになりました。

 

 

開発でしゃがんでも、営業とPRメインで十分伸ばせるタイミングを狙った

――渡邉:吉田さん発で技術的負債の返済に本格的に取り組むことを決め、同時に社長とエンジニアたちとのコミュニケーションも積極的に行われ始めたわけですが、もちろん最初から周りのエンジニアが共鳴してくれたわけではないと思います
吉田:ちょうどタイミング的にEC機能(クラウドファンディング終了後も、一般販売ができる機能)の大型リリースが控えていて、これは絶対失敗できないぞというものだったんですが品質の高いものを出すことができたことで、異動したての自分でもチームメンバーからの信頼残高が少しずつ貯まっていったかなと思います。
新たなチームにジョインした直後に声高々にただ「変えていこう」と言っても意味がないので、まずは信頼してもらうための実績を作らなければと。
私は強いリーダーシップがあるタイプではないので、背中で見せて気づいたら皆に抜かされていた、くらいの方が良いんですよね。

 

中山:品質の良い状態でEC機能がリリースできたこともあり、吉田くんへの信頼残高が増えただけでなく彼自身のプレッシャーもなくなり、気持ちの良い状態で技術的負債の返済に取り組めたようでした。

“体幹を鍛える” というスローガンを掲げて、3か月まるまるインフラ周りを作り変えた形です。ミドルウェアのバージョンをアップデートしたりもしました。
もちろん、技術的負債に向き合うことは事業成長との兼ね合いが非常に難しいですが、その時期は営業とPRで伸ばせるタイミングだなと思っていました。今後の更なるサービス成長のためには、システム上基盤固めの期間を設けるしかない、と判断したんです。
――渡邉:ある程度の地点に到達すれば、事業は営業で伸ばせるタイミングが来ますもんね。以前私がインフィードアド特化型SSP「CA ProFit-X」のプロダクトマネージャーをしていたとき、開発組織だけでなく営業組織のマネジメントもしていたのですが、事業成長のために今は研究開発が必要だというタイミングでは営業マネジメントに重きを置くようにしていました。
中山:社長である自分が少しずつエンジニアとの共通言語が増えて理解できるようになってきたことで、「今は営業で伸ばす」という判断ができたのは良かったですね。ビジネスサイドに大きく関わる全体としての攻め守りの経営判断でもあるので、社長である私が直接開発を見ることの利点だったと思います。結果として「Makuake」はクラウドファンディング市場でNo.1になりましたし、その時にはシステム的な負債が大きく改善していたので、攻めの開発をスピード感もってできるようになりました。

 

吉田:開発サイドでも、技術的負債の返済に取り組んでいる間は、逐一経営層に分かりやすく進捗を共有したり、パフォーマンスの変化をグラフで可視化して共有するようにしました。困ったことがあったらすぐに相談していましたね。元々金融系のSIerで開発していたこともあり、細かくスケジューリングすることが得意な方なので、それも合わせて社長に見せるようにして。なので最近は工数を聞かれることも少なくなりましたね。大きなテーマを社長と決めたら、あとはスケジュールは守ると信頼してくれているので、細かく聞かれることもないです。信頼残高を貯めるためには最初の約束は絶対に守らなければいけないので、そこはエンジニアの腕の見せどころだと思っています。

 

Makuakeの技術カルチャーをつくるには

――渡邉:私の経験上、組織で新たなことに取り組もうとするときに、取り組みに対してネガティブな意見を言ってくる人よりも、何事にも無関心な人の方がつらいと感じたのですが、Makuakeではそういった組織に無関心な人っていませんでした?
中山:幸いMakuakeにはあまりいなかったですね。もちろん全員が提案してくるわけではないですが、1on1を通して一人一人組織について考えてくれているので、それをしっかり紡いでいかなければと思いました。

以前は技術についての理解が乏しかった分、上っ面の朝令暮改な組織変更を多くしてしまったのですが、それではやはり何も変わりませんでした。少しずつ技術的なことが理解できるようになって、一人一人の考えを紡いでいくための土壌が現在はできつつあるのではと思っています。
吉田くん中心に積極的に勉強会を開催することで新たな技術を通してのコミュニケーションが加速してきましたし、Goここで使えないかな、とかちょっとした技術の遊び心も持てるような環境になってきています。

 

吉田:開発メンバーと技術の話をする機会が増やせたのが良かったと感じてます。また積極的にリファクタリングをしたり、モニタリング結果を見てボトルネックになっている部分の改善案を検証してみたりと、こういう意思決定は技術者組織でなければできません。そこに以前にはなかった進化を感じています。技術的負債の大きな部分を直したことによって、障害対応に追われる日々から解放されたのが本当に大きな変化だったと思います。足元の開発ではなく、未来の開発に意識を向けられるようになりました。

 

 

――渡邉:Makuakeの成長に伴いこれからより組織が拡大していく中で、中山さんがずっと1on1を全員とやっていくのは難しいですよね
そういう意味では “自立した組織” というのがキーワードになってくるかなと思っていて、私自身も常に向き合っている課題なのですが、何か意識していることはありますか?

 

中山:Makuakeの開発において、何を大切にし、正義としていくかという核となるカルチャーを今後作り上げていきたいですね。技術者の採用を強化していくので、人数が増えていっても皆が同じ方向を向いて走ることのできるエンジンが欠かせません。

もう一つは、皆それぞれの価値観に応じて開発の進め方にも相違が出てくると思いますが、誰かが課題にぶつかったときに肩書に関係なく気軽に相談に乗れるようなメンバーが自然発生的に増えてくれば嬉しいですね。
――渡邉:最後に吉田さんが今後Makuakeの技術組織で進化させていきたいポイントがあれば教えてください

吉田:約1年間、技術組織への変革を目指してアクションを続けてきました。今後のさらなる進化としては、自立とコラボレーションを強めていきたいと考えています。エンジニアとしてプロフェッショナルを目指すことで自立を促進できますし、アーキテクチャや実装面ではさらに議論を深められるような関係を作りたいですね。そのためには『Team Geek』 で提唱されている “HRT (Humility / Respect / Trust)” の考え方が重要になるので、日々意識していきたいと考えています。