こんにちは、メディア統括本部 / 技術本部 / Media Data Tech Studio の武内です。

技術についての内容が多いDevelopers Blogですが、本記事では、社会人ドクター3年目の私が思う社会人ドクターの魅力をご紹介します。学生の方からよく聞かれる、D進の理由や普段の生活についても触れたいと思います。

一般化できない部分もありますが、社会人ドクターの1つの実例として、博士課程に興味をお持ちの学生や社会人の方の参考になれば幸いです。

 

自己紹介

私は現在、業務で主にメディアサービスのデータ分析を担当しながら、大学の博士後期課程で、社会経済物理学という分野で人の行動の統計則やモデリングに関する研究を行っています。現在D3で1児の父です。

私が所属するMedia Data Tech Studioは、データを活用してメディアサービスと会社の発展に寄与することを目的に掲げる、横軸の研究開発組織です。その中で私は主に、音楽ストリーミングサービスAWAを担当し、探索的なログ分析から、アンケート調査、レコメンドロジックの検討、評価など幅広い業務に関わっています。また、分析で得た知見を社外に発表する研究活動も行っています。

一方、大学院での研究では、自身のバックグラウンドである物理学の興味関心から、人の行動に対してその背後にあるルールを理解するための研究を行っています。研究の詳細については,こちらをご覧ください。

 

【研究室風景】

研究室風景

博士進学に至るまで

きっかけ

まず大きなきっかけは、5年ほど前に、今在籍しているMedia Data Tech Studio(当時は、秋葉原ラボ)という組織に異動し、業務の中で人の行動分析に関連した研究を行える環境になったことです。元々、漠然と博士課程に進学したい思いはありましたが、そこで研究っぽいことをやりながら学会発表などでアウトプットしていく中で自分の力不足を感じ、研究の技術を習得するために博士進学を決めました。

また、組織にPh.D.のメンバーがいたこと、その中には社会人博士でPh.D.を取ったメンバーもいたこと、当時の上長にすんなり了承していただけたことなど、環境面でかなり恵まれていたことも進学の後押しになりました。

分野、研究室選び

博士進学を具体的に検討し始めたのが6月頃で、Ph.D.の同僚にアドバイスを頂きながら研究室の候補を洗い出し、7月には何度か学会で発表を聞いたことがあるくらいの関係性の先生にメールを送って研究室訪問し願書提出、8月に受験、9月に合格通知が届くという日程感でした。私の場合、この頃すでに子どもが生まれる予定があり、この入試の機会を逃すとD進断念リスクがあったので、あまり時間をかけずに即決即行動で進めていました。忙しい社会人にとって、勢いは案外重要です。

 

研究分野は、「物理学の興味関心」×「基礎科学論文の書き方を学びたい」×「仕事と研究の関連が薄すぎない」の3点を考慮し、「基礎科学の分野の中で、人の活動を研究対象にできるところ」を選びました。修士でやっていた宇宙論とは全く違う分野でしたが、業務と近いという意味では馴染みのある分野と言えます。自分が修士のときには考えてもみなかった分野に進みましたが、一度社会に出ていろいろ経験してから分野を選択できるのは社会人博士ならではだと思います。

私の選択肢にはなかったですが、社会人博士はお給料という後ろ盾があるので、少し時間をかけて準備して馴染みのない分野に飛び込んでみるような、チャレンジングな分野選択も可能だと思います(その分大変だと思いますが)。

 

社会人×博士課程

ここからが本題で、社会人ドクターをやって思ったことについて、まとめてみたいと思います。

 

社会人ドクターは楽しい

講義、ゼミ、学会などで研究の話を聞いたり、話したりします。

学生として、社外の専門家の最先端の話を聞いて近い距離感で議論し、社会人として、日々の業務への応用可能性を考える、という流れがとても楽しく、毎日刺激的な日々を送っています。

また、アカデミアからインプットしてもらう分、こちらからは社会人目線での質問やコメントを積極的に行います。そういった貢献ができる点も、社会人ドクターならではだと思います。一方で、学生として無邪気に突っ込んだ質問ができるのも良い点です。

 

質が高い社会人ドクターの話

研究発表をする側として感じるのは、自身の研究の話を専門家に聞いてもらえるありがたさです。一般的に、学会発表では参加費用がかかりますが、これはつまりお金を払って自分の話を聞いてもらうということです。学生身分でも、学費を支払い、教育の過程で研究の話を聞いてもらっているという部分は同じです。ただこれが、博士課程にもなってくると、多少は研究の質が上がり興味を持ってくれる人が増え、無料で話を聞いてもらえたり、逆に講演料を受け取るケースも出てくるようになります。

そう考えると、普段の業務環境においても、専門性が高い同僚に囲まれ、彼らに、(品質が保証されているわけでもない)自分の仕事の話を無料で聞いてもらえる機会があるというのは、すごく恵まれているなぁと思えてきます。私も社会人ドクターで得た何かを、職場に還元していきたいと思います。

 

業務も研究

私のような自身の興味関心でテーマを選んだ社会人ドクターにとって、会社での業務と博士課程での研究との接点はあまり自明ではないですが、うまく接点を見つけることができると業務と研究双方が捗ります。なかなか難しいですが、最近意識している接点がいくつかあります。

私の業務におけるミッションをざっくり言うと、メディアサービスにおける課題の中からデータ分析で解くべきものを見つけ、解いて、何らかの意思決定に影響を与えサービスの発展に貢献することです。もう少し具体的には、課題発見、要件整理(問題定義、KPI設定)、問題を解く、結果を活用してもらう、効果測定というような一連のタスクがあり、特に前半のタスクに関して、以下のような研究との接点があると考えています。

 

研究 → 業務の接点は、研究で得られる人の行動の背後にあるルール理解が、メディアサービスのエンドユーザー理解に繋がりうるという点です。具体的には、何らかの行動イベントの集合をイベント時系列データとして扱い、そのデータが持つ、時間的なゆらぎや時間相関の情報を定量化します。人の活動には、ある時には集中的に活動しある時にはほとんど活動しないというような時間的ゆらぎがあり、イベント発生確率が一定の定常ポアソン過程では説明出来ないことが知られています。この特徴を再現できる確率過程のモデルを考えることで、人の行動の背後にあるルールの知見を得るということに挑戦しています。人の行動の時間的ゆらぎは、他にも消費者行動の分野においてはClumpiness指標として着目されており、メディアサービスのユーザー理解においても重要な情報を持っている可能性があります。これは、分析業務においては、課題発見、問題定義、KPI設定といったタスクと関連します。

 

業務 → 研究の接点は、サービスの現場で生じる課題が、研究モチベーションに説得力を与えてくれるという点です。現場に転がっている様々なリアルな課題をリストに蓄積しておき、それを眺めながら研究の展望に紐付けられないか後付けで考えるのですが、これは純粋に楽しい作業であり、研究に付加価値を与えてくれる可能性があります。

 

その他に、上述した他の研究者の話が、業務の問題を解くのに役立つという接点もあります。それと同時に、業務は、聞いただけだった知識を実践して身につける訓練の場にもなっていて、その結果研究の幅も広げていきたいと思っています。直近では、特にネットワーク科学を用いた分析に興味があり、テンポラルネットワークとしてユーザーとコンテンツの繋がりを表現してその構造を定量化し、レコメンドや施策運用のための特徴量として活用できそうか検証してみたりしています。ネットワーク自体は抽象的な概念なので、コンテンツ、ユーザー、機能、行動など、何にでも応用できる可能性がある反面、ネットワークならではの情報(つまり、2次以上の繋がり)が有用になるような実務のケースが(勉強不足な私の主観では)レアな気がしており、うまく活用するヒントを、研究と業務の両方で探しています。

 

楽しいだけじゃない社会人ドクター

もちろん、大変な面もあります。いろいろな体験記で必ず書かれますが、最大の問題は、研究の時間をどう確保するかだと思います。私の場合、基本的には平日の夜と休日に研究の時間を取り、状況に応じてプラスで有給で集中する時間を確保します。実際にやることはそれだけの話ではありますが、個人的に学んだことが2つほどあります。

 

1つ目は、目に見える進捗がない時期のマインド管理です。リサーチクエスチョンを設定する前の段階や、一旦思いつく作業をやった後次何をすべきか考えている時などは、コツコツ進められる作業もなく、がんばって捻出した時間をただただ浪費するのが苦痛で、無意識のうちに進捗が出やすい仕事に手を伸ばしがちでした。そうなると平気で1ヶ月間進捗無しみたいなことになってしまいます。必要なのは、まずそれが目に見える進捗が出せるフェーズか否かを認識することだと思います。そして、前者なら、毎日1行でもいいから進捗を出す(これは、研究室の先生の受け売り)、後者なら、日々の進捗は一旦気にせず、早めに強制的に有給を使いまとまった時間を確保してひたすら考える、ということを意識するようにしています。

 

2つ目は、計画の重要性です。査読付き論文を通すのに必要な時間スケールが案外長いこと、予備審査なるもののせいで早い段階で博士修了の条件を達成しなければならないこと、など、計画を立てる上での落とし穴に気をつける必要があります。大学毎に、いつまでに査読付き論文をn本通すみたいな日程感があると思うので、まず最初の論文投稿の期限を逆算するとよいです。

 

子育て社会人ドクターの胸の内

子育て社会人ドクターの話が参考になるかわかりませんが、一応何点か触れておきます。

まず、土日がフルに使えないので、熟考するためのまとまった時間は有給で確保します。有給は計画的に使う必要があります。

駄目で元元の精神が重要で、子どもの風邪や保育園の休園などの不定期イベントでは無理せず、あまり3年で修了することにこだわらなくてよいと思っています。そんな中、それなりに順調なのは家族のサポートのおかげであり感謝しています。

ここ数年の在宅リモート文化にも助けられています。講義の単位は全てリモートで取り、大学には年に数回行く程度です。そもそも、子どもの用事以外ではほぼ外出しておらず、リモート文化がなかったらかなり困難な状況だったと思います。

言うまでもないですが、社会人ドクターを検討している人は、子どもが生まれる前に修了するのがおすすめです。

 

社外と繋がりたい

研究室の先生をはじめ、他の研究者や学生の方と知り合えたことは、社会人ドクターでよかったことの1つです。特に、駆け出し研究者の同志として社外とつながりを持てることは、すごく刺激になります。

ただ、学会・研究会がリモート開催になってしまい、そこでの出会いが希薄になっている点は残念です。修了までの残りの期間で、もっと繋がりを作っていきたいと思います。

 

社会人ドクターの生きる道

最後に、今後についてですが、修了まで気負いせずに頑張ります。博士課程を修了した後のことはまだ具体的に考えてませんが、社会人ドクターを了承していただいた職場には感謝しかないので、得たものを還元していきたいと思います。また、今やりたいと思っていることは、あと1年(か2年か)で全てやれる気がしないので、研究も引き続きやっていくと思います。

 

採用情報

新卒採用:https://www.cyberagent.co.jp/careers/special/students/tech/?ver=2023-1.0.0
キャリア採用:https://www.cyberagent.co.jp/careers/professional/

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メディア統括本部 DSC 所属。2015年中途入社 データサイエンティスト(社会工学博士)。AWAのデータ分析などを担当しています。社会物理学、ネットワーク科学、マーケティング・サイエンス等に興味。