3月24日、サイバーエージェントのエンジニア・クリエイターによる技術カンファレンス「CyberAgent Developer Conference2022」を開催しました。本記事では、マーケットデザインによる待機児童問題の解決への取り組みを紹介した講演「行政DXにおける経済学の活用-待機児童問題におけるマーケットデザインの導入-」の様子をお届けします。
目次
■マーケットデザインによる待機児童問題の解決
■マーケットデザインの可能性
■東京大学マーケットデザインセンターの今後
■マーケットデザインによる待機児童問題の解決
●待機児童問題の現況
東京都心のような人口急増地域では、保育所の整備が間に合わず、待機児童が出ることがあります。保育所の設置のためには、用地の確保や人材の確保が必要なことに加えて「園児の声がうるさい」といった理由で、近隣住民からの反対も増加傾向にあります。さらに、保育士や幼稚園教諭の給与は全産業平均よりも数万円ほど低い事実もあります。
一方で、保育所の定員は利用者数よりも多いという事実があります。施設数が増加するに伴い、定員が増加しており、近年では利用者数よりも上回っています。この大きな要因は、年齢別定員が挙げられます。待機児童を年齢別に見ると、8割が1~2歳児で占めており、待機場問題は児童全体ではなく、一部の年齢層において深刻な局所的な課題であるということがわかります。
●SOFMアルゴリズム
この問題に対して、当時スタンフォードにいた小島教授とUCバークレーの鎌田准教授によって、SOFMアルゴリズムが開発されました。年齢別に定員を定めるのではなく、保育士の数などの制約条件の下で児童間の公平性を担保しながら、最大限待機児童数を減らすように、児童を保育所にあてるというアルゴリズムです。
SOFMアルゴリズムの画期的なところは、現在の日本のように、ある特定の年齢で待機児童が多く発生しているときは、自動的にその年齢に割り当てる保育士や部屋を多くすることで、待機児童を減らすことができる点です。
●保育所選考のプロセスの現状
保育所を利用するには、自ら市区町村内の認可保育所をチェックして希望順を役所に提出します。この時、保護者は保育所の場所や保育内容、預かり時間、園庭の有無などさまざまな条件を確認しながら、希望順位を考えていくことになります。
保護者から希望順位を受け取った役所の保育担当課は、どの児童をどの保育所に割り振るのかを考えます。この時、もちろん希望通り割り当てられればよいのですが、保育所はそれぞれの年齢での募集人数の限りがあるので、必ずしも希望に添えない場合があります。
利用申し込み後は結果待ちになりますが、結果がNGだった場合は二次募集で再度申請を行う必要があります。そこでもNGだった場合は、居宅事業や認可外保育を探したり、あるいは最悪の場合、復職を諦めることにもなります。
●東京都特別区・市における利用調整アルゴリズム
利用調整においてどのようなアルゴリズムが使われているかを見てみましょう。
東京都の特別区や市で使われているアルゴリズムを集計したところ、6割が逐次独裁というアルゴリズム、4割が受入保留というアルゴリズム、江戸川区のみボストンアルゴリズムをベースとしたアルゴリズムを採用しています。
逐次独裁というのは、優先順位の高い児童から希望する保育所を割り当てていくというものです。このアルゴリズムの良いところは、自分が行きたいところを書けば希望が叶うので、特に嘘をつく必要がないというところです。
受入留保のアルゴリズムは、第一希望から順にプロポーズして相手が受け入れるかどうかを保有できるというものです。児童から第一希望の保育所に入りたいというプロポーズを行なって、保育所側はそれを一旦受けますが、もし後で優先度がより高い児童がプロポーズしてきたら、先に入ってきた児童は落とされ、第二希望以降の保育所に再びプロポーズし直すことになります。このアルゴリズムの性質としては正直に申告しても損をしないということで、これもまた良いものといえます。
ボストンアルゴリズムは、第一希望から定員を受け入れていき、もし余ったら第二希望以下の児童を受け入れるという方式です。一見すると非常に単純でわかりやすいですが、実際には第一希望に書くと入りやすく、第二希望以下で書くと入りづらいということになるので、絶対に子供を保育所に入れたい親からすると、第一希望に、「行きたいところ」ではなく「入りやすいところ」を書いてしまうという問題があります。これは「戦略的な操作」と呼ばれており、あまり望ましくない結果です。
●保育所選考問題の再定義
しかし、現実にこれらのアルゴリズムを応用するにはハードルがあります。
各自治体が行なってきた利用調整は、教科書レベルで議論されてきた単純なものとは違い、さまざまな制約の下での非常に複雑な問題です。これは現場の担当者との議論を通じて得た知見です。教科書レベルのアルゴリズムでは、保育所にこれから入る児童ひとりひとりが募集人数を埋めていくということを仮定していますが、既に保育所に入っている児童についても考える必要があります。
現実的には、利用者のきょうだいの存在があります。さらに主体が各児童ではなく、各世帯であることも大きな違いです。保育所の希望順位というのは、個人より世帯で同じ保育所に入れるかが非常に大きなポイントになるからです。
さらに保育所に空きがあった場合は、そこに希望者がいないということが保証されている必要があります。つまり、無駄なく保育所定員が配分されている状態が望ましいということです。
●定員調整系アルゴリズム(SOFM)でもそのままでは対応できない
こうした難しい問題を解くにあたって、従来のアルゴリズムでは優先順位やきょうだいでの同所入所が考慮できなかったりします。
SOFMアルゴリズムでも、そのままでは応用できません。公平性を追求するために、副作用として希望する児童がいるのに、定員に余りが出てしまうという問題があります。
では、各自治体は、どうやっているのでしょうか?
実は自治体は定員やきょうだいの対応、調整期間中に刻々と変化する募集人数や各児童の細かい要望といった制約をくぐり抜けて調整作業を行なっているのです。では、そのアルゴリズムをそのまま使えばいいじゃないかということになりますが、そうとも限りません。各自治体のアルゴリズムが、その目的に照らして最適かというのは、定量的に検証する必要があります。具体的に指標として掲げる4つの項目についてご紹介します。
1.待機児童の数
1つ目は待機児童の数です。実際のデータを用いて、それぞれのアルゴリズムを使った際に、待機児童がどのように変化するかを確認したところ、受入保留アルゴリズム、ボストンアルゴリズム、逐次独裁アルゴリズムでは、ほとんど変化が見られませんでした。
一方で、保育所が部屋のレイアウトを自由に変えられることを前提とすると、SOFMアルゴリズムを用いると、待機児童を大幅に減らすことができるというシミュレーション結果も出ました。
2.入所者の希望順位
2つ目に、児童が何番目に希望したところに入所できたのかというのを見ています。
このグラフは保育所入所者の希望順位を、さまざまなアルゴリズムで比較したグラフです。actualが実際の結果を示しており、ちょうど真ん中あたりにあります。この折れ線が上に行くほど優秀なアルゴリズムということになりますが、SOFMアルゴリズムは非常に優秀であることがわかりました。
3.兄弟の同所率
3つ目は、きょうだいで同時に入所希望を出した場合、どれぐらいの割合で同じ保育所に入所できたのかというのを見ています。一番左のactualが実際の結果ですが、興味深いことに、受入保留アルゴリズムやボストンアルゴリズムよりも上回っています。これは自治体の現場の方々による、調整の努力が数字にあらわれていることを示します。ただSOFMアルゴリズムを用いると、これらよりも同所率を高められることも分かりました。
4.公平性
ここでは「正当化された羨望」という指標を用います。正当化された羨望とは、様々な公平性に関する指標のうちのひとつで、自分より優先度の低い児童が自分が行きたかった保育所に入っているときにカウントされます。これをゼロにすることが理想的ですが、ボストンアルゴリズムにおいては、公平性を阻害していることがわかりました。一方でSOFMアルゴリズムは公平性の観点からも非常に良いことがわかります。しかし、これを実際の利用調整に導入するには、まだいくつもの課題が残ります。
例えば、保育士の病欠や産休といった実稼働率が低下するという問題を検討する必要があったり、アルゴリズムに必要な部屋や設備など細かな施設データ取得のための整備などです。さらに、異なる年齢の児童の混合保育を検討する必要も出てきます。
最も大変なのが、新たなアルゴリズムを導入するために、関係者のコンセンサスを得ることです。保育所は子どもの年齢によって保育料が異なります。つまり、保育所にとっては年齢別の定員から予定収入を算出しているので、自由に操作されると経営面で課題が生じることがあるのです。
●多摩市における改善事例
共同実証実験をしている多摩市では、成果も出てきました。多摩市では他の自治体でも用いられる「同点の場合、希望保育園の順位が高い者が優先される」という調整ルールがありました。しかしこのルールにより、例えば、第1希望の保育所への入所が難しいと想定される場合、第2希望の保育所を第1希望と申告するなど「正直に希望順位を申告せず、実際の希望とは異なる順位を申告することで得をする可能性がある」ということが起こっていました。
そこで「希望する保育所の順位が高い」児童を優先するルールの廃止について多摩市に提案し、多摩市における検討の結果、2022年度の募集よりこのルールの廃止が決定しました。この結果、実際の申し込みデータをみたところ、人気園が躊躇せず書かれている傾向が確認できました。
サイバーエージェントと東京大学マーケットデザインセンター、多摩市との「保育所の利用調整」に関する実証実験のもと、利用調整ルールを改善
●利用調整アルゴリズムの今後の改良について
現在は、SOFMアルゴリズム以外にもさまざまなマッチングアルゴリズムが開発されており、例えばNRMPという米国の研修医マッチングで採用されているアルゴリズムでは、保育所のように複数人が同じ場所に行きたいという希望を叶えやすくなっています。
また、Nguyen-Vorhaでは、定員変化を少し許容することでマッチ数が増加する、あるいは兄弟の同所率を増やすということが提案されています。東京海洋大学の奥村准教授は定員を調整しながらマッチ数を増やすアルゴリズムを提案するなど、様々な可能性を模索していけそうです。
●利用調整の各プロセスにおけるデジタル化
保育所の利用においては、もっと情報にアクセスしやすく、申請も簡潔化できると思っています。そのため、現在の紙によるプロセスから、Web上での情報収集、申請、結果通知への転換を図っています。単なる負担軽減だけでなく、情報収集や作業の効率化、情報の可視化によって本当に行きたい保育所が選べるようにすることを目標にしています。
■マーケットデザインの可能性
ここからは、ゲストとして東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)特任研究員の小田原悠朗氏をお招きし、待機児童問題以外の、マーケットデザインの可能性についてご紹介いただきました。
●男女別定員だけではない、公立高校入試制度の問題点
ヒトと財のミスマッチによる問題は保育所以外でも起きており、マーケットデザインは他の分野でも活用されています。まず挙げられるのが、公立高校入試での応用です。昨年、都立高校で男女別定員が導入されていることが、男女差別に繋がるのではないかと大きな問題となりました。
さらに公立高校入試には、多くの都道府県が採用している単願制という解決すべき問題も存在します。単願制というのは、その都道府県立高校のうち、ひとつの高校にしか出願できないというルールで、保育所の入所と同じように、受験生の実力だけでなく、駆け引きが合否を左右してしまうという問題があります。
入試に関しての問題は海外でも起きています。その中でマッチングアルゴリズムを活用することによって、高校生が被る不利益を軽減させることに成功した事例があります。
ニューヨーク市の事例をご紹介します。ニューヨーク市では、ボストン方式に近いような方法が採られていました。その結果、10万人のうち3万人の生徒が志望リストに含んでいない高校へ進学するといった問題が生じていました。この問題に、マーケットデザインの専門家が取り組み、受入保留アルゴリズムに近い方式を導入しました。結果、リストに書いていない学校に進学する生徒の数を3万人から3000人減らすことができました。
●人材配置とマッチング理論
マッチングアルゴリズムというのは、公共分野で多く使われていますが、民間企業においては、社員の部署配属において活用することができます。
配属においては、全社的なバランスを考えなければいけません。例えば特定の人気部署に全員を配属することは出来ないですし、部門側からの要望、社員の希望といった、様々な事情が複雑に絡み合うので、これらのバランスを取りながら配属を決定するのには、莫大な工数がかかります。
シスメックス社の導入事例
そこでUTMDは、これらの問題を解決することができるアルゴリズムを開発し、医療機器メーカーのシスメックス社の新入社員配属に導入しました。
このシスメックス社の事例について簡単にご説明いたします。
最初に、各部署および各新入社員に対し、このようなアルゴリズムで配属を決めますということを丁寧に説明します。これによって、部署や新入社員の方々に、駆け引きなしに希望の部署を伝えればいいということを理解してもらいます。
その後、各部署と新入社員が、お互いにランキングをつけます。この部署に行きたいというランキング、あるいはこの社員を採りたいというランキングです。このランキングをつけるために、両者がプレゼンをする機会を設けました。このプレゼンの機会は、ランキングだけでなく、配属前の段階で、部署、新入社員双方の理解を深めることに多いに貢献しました。
実際にアルゴリズムに従って配属を決定したのですが、従来人事部門が担ってきた作業を、全てアルゴリズムで解決でき、膨大な工数削減につながりました。
●災害時避難におけるマーケットデザインの可能性
そのほか、災害時の避難においても、マーケットデザインの知見が大きく活用できる可能性があります。下記は、東日本大震災の際に高齢者施設等にいらっしゃった方の避難に関することがまとめられた本とその概要です。
東日本大震災の際に老人ホームなどで生活されていた要配慮者の方は、震災後の混乱もあって、いろいろな施設を転々とすることを余儀なくされました。こうした負担が非常に多かったため、死亡率が例年に比べて2.4倍も高かったという非常にショッキングなデータもあります。
現在、東日本大震災を教訓に、各自治体で、原子力災害などの発生時の避難計画の策定が進められていますが、各施設の方に話を伺っていると、個人ベースで受け入れ先を決めておくといった部分については、あまり検討が進んでいない状況だそうです。
要配慮者の方々を、具体的にどう配属していくかは、まさにマッチングアルゴリズムの知見を活用できる分野です。マーケットデザインの経験を活かして、例えば災害時には、その割り振りを各施設ごとに任せるのではなくて、中央集権的に大きなグループを作ってうまくマッチングすることによって、要配慮者の方の負担を軽減し、災害による被害の抑止にもつながるのではないかと考えています。
■東京大学マーケットデザインセンターの今後
東京大学マーケットデザインセンターでは、マーケットデザイン、マッチングアルゴリズムの研究を通じて、高校入試や配属先決定などのライフイベントから、人命にかかわる問題まで、多くの応用先を想定しながら、さまざまな研究を進めてきました。また、これらの研究成果が本当に課題解決につながるのかも、実証実験などを通じてフィードバックを得ることができました。
これからも、研究成果を社会に還元することで、あらゆる課題解決に貢献したいと考えています。
私が所属するAILab経済学チームでは、経済学や機械学習を一緒に社会実装してくれるリサーチエンジニアを募集しています。理論や分析を実際に社会に還元していくためにはプロダクトやサービスの形にしていくことが不可欠です。ぜひインパクトの大きい社会実装事例を作りましょう。
「CyberAgent Developer Conference 2022」のアーカイブ動画・登壇資料は公式サイトにて公開しています。ぜひご覧ください。
https://cadc.cyberagent.co.jp/2022/
■採用情報
新卒採用:https://www.cyberagent.co.jp/careers/special/students/tech/?ver=2023-1.0.0
キャリア採用:https://www.cyberagent.co.jp/careers/professional/