こんにちは。学際的情報科学センターの高野雅典と申します。当社のプロダクトにおけるデータ分析・計算社会科学の研究を業務としています。また、当社の「Tech DE&Iプロジェクト」においてアンケート調査・文献調査なども行っています。
本記事ではTech DE&Iプロジェクトで実施したソフトウェアエンジニアにおけるジェンダーギャップに関わる調査について紹介します。本記事は第38回 人工知能学会全国大会(2024)で発表した内容「ソフトウェアエンジニア志望者における男女差: ロールモデル・会社選びの基準・興味関心」をブログ用にまとめ直したものです。
詳細はこの論文をご参照ください。
背景
近年、多くの企業が労働環境の多様性、公平性、包含性(Diversity, Equity, and Inclusion; DE&I)を重視し、これを推進する専門の部署を設けています。その実現には、さまざまな社会的背景や特性を持つ人々が、それらの特性に起因する障壁を乗り越えて働ける環境を構築し、維持することが不可欠です [Masaki2017, Hoshina2023]。
IT業界は一般的に待遇が良いとされるものの、女性や人種的・民族的マイノリティが少ないという問題が指摘されています [Falkner2015, Ambrose2019]。これが性別や人種間の格差をさらに拡大させる要因であるため、対策が必要です [Wu2022]。また、現代社会ではIT企業の製品と完全に接触しない生活はほぼ不可能であり、IT製品は社会と深く結びついています。そのため、特定の特性に対する(明示的・暗黙的な)差別的・攻撃的な機能や表現は、ユーザやマイノリティ、社会全体に悪影響を及ぼす可能性があります。この問題を解決するアプローチの一つには、製品開発に関与するスタッフの多様性を確保することが挙げられます [Jean2020]。ガイドラインの策定なども考慮されますが、その策定には多様な特性を持つ人々の参加が必要です。
本研究では、ITエンジニアのジェンダーギャップを対象として調査を行いました。コンピュータサイエンス・コンピュータエンジニアリング領域を含むSTEM分野では、女性は少数派であることが多く [Varma2008, Wu2022]、多様性推進における主要な課題の一つとなっています。課題解消に当たっては、性別に関わらずITエンジニアが目指しやすいこと、そしてITエンジニアのキャリアを構築できることが重要です。本研究では、女性が新たにITエンジニアを目指しやすい環境の構築を目的としています。そのために、ITエンジニア志望者に調査を行いましたので、その結果を報告します。
方法
アンケート調査回答者
株式会社サイバーエージェントとNPO法人Waffleの技術系イベントなどへの参加者を対象に、本調査への参加を依頼しました。その結果、サイバーエージェントからは男性28名、女性7名、Waffleからは女性11名が最後まで本調査の質問紙に回答しました(計46名)。本アンケートは匿名で回答されました。オンライン調査への参加にあたっては、本研究の目的(多様性推進施策への活用・学術研究)を説明し、同意を得ました。なお、本調査ではジェンダーギャップに焦点を当てて調査するため、性別(性自認)は男性または女性のどちらかのみを分析対象としました。
調査項目
ロールモデル
ロールモデルの有無、ロールモデルをどこで得ているか、それらに関する性差について調査するために、以下の3項目について調査を行いました。
- 1) ロールモデルの有無
- 2) ロールモデルの性別
- 3) ロールモデルとの関係性(先輩、家族・親戚、教員、有名人、歴史上の人物、面識のある研究者・エンジニア、面識のない研究者・エンジニア)
会社・職業選択基準
会社や職業を選択する上で重視することを調査するために、三隅1993の「仕事の諸側面の重要性」の項目を用いました。回答は5段階評価のリッカート尺度によって行われました。
仕事における興味関心
Hollandが提唱したRIASECについて、佐藤2012 で用いられた簡易版を使用しました。回答は5段階評価のリッカート尺度によって行われました。
結果の概要
結果の概要を以下に示します。
会社選びの基準(共通の傾向と男女差) 興味関心 – モノ志向・人志向
わかったことと施策
おわりに
本調査では、ITエンジニアのジェンダーギャップ解消を目的として、ITエンジニア志望者を対象とした質問紙調査を行いました。その結果、女性のITエンジニア志望者が被る構造的差別(ロールモデルの得づらさ、堅実性を重視せざるを得ない社会的抑圧)が示唆されました。一方で、技術系イベントはロールモデルの得づらさを、組織のDE&I推進が社会的抑圧を緩和しうることが示されました。また、興味関心の男女差はあるものの、技術面とともにユーザや社会、事業運営への興味関心に即した採用活動によって、ジェンダーギャップの緩和ならびに多面的な関心を持つ志望者へのアプローチする重要性が示唆されました。
謝辞
アンケートにご回答いただいた皆様、アンケート調査にご協力いただいた特定非営利活動法人Waffleに感謝を申し上げます。