はじめに
株式会社 WinTicket バックエンドエンジニアの鈴木です。
本記事では2024年8月にリリースした「リアルタイムの風情報がみられる機能」について、どのような仕組みで動作しているのかを紹介します。
「リアルタイムの風情報がみられる機能」とは
この機能は、競輪場のバンク内に吹く風情報をリアルタイムに描画し、実際に流れる”風”がどのようなものなのかを直感的に分かるように可視化したものです。 画面上の4箇所の矢印でおおまかな風向風速を表し、流れ行く気流を白線にて表現しています。
※現時点では平塚競輪場のみに限定して対応しており、WINTICKET 提供の WINLIVE によるレース映像の合間に提供しています。
なぜ “風” に着目したのか
2024年4月にリリースした「WINLIVE」では、選手の体力に着目し、競輪初心者にも競輪の面白さをわかりやすく伝えることを目指しました。この開発にあたって、特にスリップストリームの効果 [1] を重要視しましたが、実際の競輪場では風の影響が目まぐるしく変化し、選手の走行に大きな影響を与えます。
[1] スリップストリームとは、先行車両の後ろにピッタリつくことで、後続車両の空気抵抗が減少し、少ないパワーで速度を維持できるようになる現象です。
このため、風はレース予想において重要な指標です。風の影響を表現することで予想の材料として役立ててもらおうという発想から始まりました。風圧は選手にとって最大の敵であり、レース予想に大きく影響しますが、これまでは競輪場に吹いている風の情報を知る方法がほとんどありませんでした。
「WINTICKET」では、競輪場内の風をリアルタイムに取得し、ビジュアライズすることで、風が重要な指標の1つであることを表現し、予想の奥深さを更に向上させました。
センサー配置位置の設計
引用元: Google Maps(©2024 Google)
まずは競輪場を取り巻く実際の風をセンサーを使い正確に検知しなければなりません。実際の競輪場の鳥瞰図を元にセンサーを配置する大まかな場所を設計します。 風計測センサーは点の計測値であるため単体では対象範囲の風の流れを把握することができません。数を増やすほど高い精度で計測が可能ですが、その反面、機材メンテナンスや運用保守コストが大きくなるため必要台数を予め決める必要があります。
当初は競輪場バンクを取り囲むように4つの風計測センサーを配置する予定でしたが、センサー間の距離が長くなるほど実際の計測値と乖離が大きくなることが懸念になりました。
実際に実地検証を行った結果、バンクを取り囲む構造物と建物間をすり抜けるビル風が大きく影響することが分かりました。 これらをもとにバンクを4つの四角形で区切り、その四隅に配置することとし最終的には9つ設置することとしました。
センサーの取り付け
センサーの設置は一見簡単に思えますが、大きく分けて2つの重要なポイントがあります。
1つ目は、精度の高い指標を得るための方角と水平度のキッティングです。センサーが正確な計測をしていても、設置した方角がズレていると風向が誤って判断されてしまいます。これを解決するために、カメラ等に用いられる自由雲台を採用しました。一度設定すれば基本的に調整の必要がないため接着剤で固めています。また、未使用時には収納したいことから間にクイックシューを挟み、簡単に着脱できるようにしました。
2つ目の対策は、不測の事態による事故が競輪場や選手、利用者に大きな影響を及ぼさないようにする安全策です。
たとえば、レース開催中に強風が吹いてセンサーが落下する可能性や、浸水による機器やバッテリーの故障のリスクがあります。最も重要なのは、公平で公正なレース運営をどんな状況下でも維持することです。そのため、センサーは万が一落下してもバンクの外に落ちるよう、フェンスの外側に配置しました。
(左)サンプル制作物の仮配置検証、(右)取付工事と塗装まで完了した構造物
また、この風計測センサーは屋内用なので、雨を防ぐための屋根が必要です。しかし、大きすぎる屋根は計測結果に影響を与えるため、影響を最小限に抑えるサイズに調整し、ポリカーボネート製の屋根を取り付けました。
簡易な取り付け方法としてクランプもありますが、強風によるズレや落下の危険性があります。そのため、工務店と共同でオーダーメイドの取り付け器具を製作し、競輪場の構造物にしっかりと固定しました。屋根の存在により強い風圧を受けることがありますが、しっかり固定された構造物は非常に安心感があります。
これまでに台風やゲリラ豪雨に度々晒されてきましたが、大きな事故もなく、少々表面が濡れる程度でデバイスが故障するような事態には陥っておりません。
システム全体構成
風計測センサーから送信される風向データは、バンク中央部に設置した業務用の高出力 WiFi ルーターで収集します。そして LTE ルーターを通じてキャリア回線を使いクラウドへ配信します。
今回使用する 2.4GHz 帯の電波は遠くまで届きやすく壁や床などの遮蔽物にも強いという利点がありますが、その一方で他のデバイスの電波と干渉しやすく水に吸い寄せられやすい特徴があります。
平塚競輪場のバンク内部は大きな池が大部分を占めており、見通しの良い直線でも通信が不安定になりやすい傾向にありました。そのため高出力 WiFi ルーターを採用することで安定した電波状況を実現しています。
風計測センサーの選定
引用元: ULSA 超音波風速計(©2024 STRATOVISION)
風指標を取得する方法は風を受けて回る風杯(カップ)の回転数を計測する手法が最も知られており一般的ですが、測定精度やメンテナンス性を考慮し、STRATOVISION 社製 の 超音波風速計「ULSA M5B」を採用しました。 これは業界最小・最軽量クラスの超音波式風速計であり、10Hzの高レート計測や、M5Stackを利用した通信組み込みの容易さが選定のポイントです。
風計測センサーの組み込み
この風計測センサー単体には計測値を伝搬する機能はありません。 IoT デバイスとしても知名度のある M5Stack Core2 (別売)をドッキングすることでその可能性は無限大に広がります。
ULSA M5B のサイトでは基本的なサンプルコードが公開されているため実装は容易でした。Arduino IDE を使い、C++ 言語でプログラミングを行いました。 サンプルコードは風速計で計測した値を取得し、M5Stack のディスプレイ上にグラフィカルなメーターを描画する基本的な機能がベースとなっています。
今回のプロジェクトでは、これらに加えて通信部分(WiFi 接続や AWS IoT Core Topic への配信等)を追加で実装しました。これにより、クラウド上のアプリケーションで計測値を自由に扱うことができるようになりました。
これは本番実施の前夜に筆者が自宅で最終セットアップと動作検証をしている様子です。 1つの競輪場における事前準備でさえも9つのセンサーがあるとなるとなかなか骨の折れる作業です。
今後、計測を行う現場が増えるたびに設定対象が指数関数的に増えるのは目に見えており、何かしら対策を検討していく必要があります。なお、M5Stack には Android/iOS のようなリモートアップデート機能が存在しません。これは IoT デバイスに脆弱性が見つかった際に内部システムを改ざんすることができないような対策だと推測されます。何かよいアップデート方法をご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えて下さい。
風映像の視聴者評価
風の可視化映像を配信後、無作為に抽出したユーザー3,000名を対象にアンケートを実施しました。各設問は6段階で回答できる形式で、一番左が「いいえ」、一番右が「はい」となっています。
アンケート結果から、過半数以上のユーザーは風情報をレース予想の材料としてあまり評価していないことが分かりました。しかし、逆に約3割のユーザーが風を重要視していることも明らかになりました。これは、レースにおける風影響の考え方がまだ十分に浸透していないことと、玄人ユーザーの視点の違いが顕著に現れたものと考えられます。
- 風が強い選手、弱い選手のデータがないと意味がない。
- 風が吹いているのはわかるが予想にどう活かせばいいかわからない。
- 風の影響が選手にどのように影響するのかをコメントいただくと予想に役立ちそう。
また、実際の風指標の取り扱い方がわからないという意見を多数いただきました。 これは指摘のとおりで、もっと視聴者側の体験を考え抜いた表現にしていく必要があると改めて認識しました。
- 風の動きが分かり、ポジション位置の良し悪しが考えられて面白かった。
- 斬新というか画期的でした。 バンクの各位置の風情報がわかりやすく表示されおどろいた。
- 今まで風を予想に入れたかったが読みづらかった。素晴らしい取り組み。
- 場所によって風向きで先行捲り追い込みの有利差がわかるので、良いと思います。
今回の取り組みに対する全体的な評価としては、過半数を大きく超えたポジティブな言葉を頂きました。「風」がどのように流れているかを示し、競輪予想における重要な指標の一部であることを伝えるという観点からは成功だったと言えるのではないでしょうか。
おわりに
本記事では「WINLIVE」の風の可視化について解説を行いました。 どんなユーザーでも風の流れから具体的な予想に落とし実用する状況を作るには、見せ方の工夫や精度向上など様々な視点でまだたくさんの改善の余地があります。風可視化の有用性をさらに高めるために今後も挑戦を続けていきます。
また、これらの取り組みは平塚競輪場様の絶大なる協力があったからこそ実現できた企画です。 度重なる来訪のスケジュール調整、関係各所との連携などにご尽力頂き大変感謝しております。 この場を借りてお礼申し上げます。
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