この記事は CyberAgent Developers Advent Calendar 2024 2日目の記事です。

はじめに

こんにちは、株式会社サイバーエージェント XR研究所の所長兼XRディレクターを務めるイワケンです。
XR研究所は、「サイバーエージェント全体にXR技術を啓蒙し、新たな事業の種を育てる」ことをミッションに、日本のXR界を加速させる取り組みをワクワクしながら行っています。

2024年2月、Apple Vision Proの発売により空間コンピューティングは新たなフェーズを迎えました。空間コンピューティング時代において、真に没入感の高い体験とは何か。事業への活用法は何か。この問いに対する発明をするために、実証プロジェクトを重ねています。

本記事では、空間コンピューティング時代の没入体験を追求した「サウナ後の追いととのう体験」実証プロジェクトから、参考になるような体験設計についてご紹介します。

プロジェクトについては、こちらの記事をご覧ください。

Apple Vision Proをつけている岩崎の写真。オウンドメディア記事のサムネイルにもなりました。
Apple Vision Proをつけている岩崎の写真。オウンドメディア記事のサムネイルにもなりました。

プロジェクトの背景

XR研究所の発足後、200人以上にApple Vision Pro体験会を開催しました。その中で、株式会社新たな細胞の中橋氏との対話から、空間コンピューティング活用の興味深いアイデアが生まれました。

カプセルホテル Apple Vision Pro × 禅

  • 物理的な空間制約 (カプセルホテル)
  • 視覚的な解放感 (Apple Vision Pro)
  • 深い集中状態 (禅的体験)

面白いと感じたのは、物理的な空間制約と視覚的な解放感という相反する要素の組み合わせです。
カプセルホテルという狭い空間でこそApple Vision Proによる視覚体験の可能性が際立つのではないか。
そして、その体験をより深めるコンテキストとして、サウナ後の禅的な精神状態が最適なのではないか。
これらの仮説を検証するため「追いととのう」実証プロジェクトをスタートしました。

このアイデアを実現するため、以下の6名でプロジェクトチームを結成しました:

  • XRディレクター: イワケン (著者)
  • XRエンジニア: 伏木秀樹
  • 3Dモデリング/楽曲/サウンド: 清水良一
  • クリエイティブディレクター: 中橋敦
  • アートディレクター: 佐野竜一
  • プランナー: 村上文隆

以下、チームで実現した没入体験のデザインについて詳しくご紹介します。

体験の内容

本実証実験では、空間コンピューティングの没入体験を検証するため、14名の方々にご協力いただきました。具体的な体験者の声についてはこちらのnoteにまとめています。

実験環境と体験フロー

  • サウナに入る
  • カプセルホテル階に移動
  • 体験環境:カプセルホテルの個室空間
  • 体験姿勢:寝転がった状態
  • コンテンツ:視覚的・心理的な広がりを感じるイマーシブ体験(約5分)
カプセルホテル内でApple Vision Proを装着する体験者の様子

カプセルホテル内での体験の様子(実際は寝ながらの体験)
画像提供:fumidai studio

実験結果:

  • 満足度評価:4.85/5.00という高評価
  • 没入度の指標:多くの体験者が「あっという間だった」という感想を述べ、複数回の体験を希望
  • 体験時間:通常のApple Vision Pro体験では長いとされる5分間において、体験者の多くが時間を忘れるほどの没入感を報告

没入体験を実現するための工夫

Apple Vision Proの「追いととのう」を実現するための体験設計にて、以下の要素をご紹介します。

  • 没入感を高めるための演出
  • 運用面での工夫:アテンドレスな体験の実現

没入感を高める4つの演出設計

空間コンピューティングのアプリケーションの開発において、以下の点に特に注力しました。

  • 没入度を高めるシームレスな空間遷移
  • パーティクルトンネルによる視線誘導
  • 口から出る泡のエフェクト
  • 魚群の動きと抽象的なビジュアル表現

1. 没入度を高めるシームレスな空間遷移

没入感を高めるための第一のポイントは、現実空間から異空間へのシームレスな移行です。
いきなり異空間に入るのではなく、まずは現実空間からスタートし、ユーザーのアクションに応じて徐々に水中の世界へと遷移していきます。
この段階的な変化により、ユーザーは自然な形で非日常的な体験に没入することができます。

このアプローチは、体験者からも「自然な没入感が得られた」と高い評価を得ました。

2. パーティクルトンネルによる視線誘導

空間コンピューティングにおける重要な課題の一つが、視線をどう導くかです。
360度見渡せる環境では視線が自由な一方、二つの課題があります。
一つは「どこを見ればよいのか」という視線誘導の問題、もう一つは「目線を安定させる」という持続的な没入感の問題です。

この課題に対し、私たちは「パーティクルトンネル」という演出を採用しました。これは上方向に流れる白い粒子群で形成されたトンネル状の視覚効果です。この表現には以下の利点があります:

  • 自然な視線誘導:上方向への自然な視線の流れを作り出す
  • 目線の安定:一定の視界範囲により落ち着いた体験を提供
  • 違和感のない演出:現実空間から異空間まで違和感なく繋ぐ

開発過程では半透明のトンネルなど複数の表現を検討しましたが、最終的に粒子表現を選択しました。これにより、現実空間から水中空間まで、シームレスな視覚体験を実現することができました。

Apple Vision Pro追いととのう。パーティクルトンネルの上昇体験
Apple Vision Pro追いととのう。パーティクルトンネルの上昇体験
水中の異空間でもパーティクルトンネルがあるおかげで、目線が安定しストレスがたまりにくい。
水中の異空間でもパーティクルトンネルがあるおかげで、目線が安定しストレスがたまりにくい。

なお、空間コンピューティングにおける視線の導き方は他のコンテンツでも工夫が見られます。例えば、Apple社がデザインしたEncounter Dinosaursではバーチャルな蝶々を用いた自然な視線誘導を採用しています。このような「自然な誘導と安定」という視線への配慮は、持続的な没入体験において今後さらに重要になっていくでしょう。

3. 身体性を感じる泡のエフェクト

長時間の没入体験を実現するためには、ただ視覚的な演出を受動的に見せるだけでは不十分です。そこで採用したのが、ユーザーの口元から定期的に泡が出る演出です。この演出には以下の工夫を施しています:

  • 身体性の実感:口から泡が出ることで、自分自身が水中にいるような実感
  • 自然な周期:6~10秒のランダムな間隔で泡が出現
  • リアルな動き:パーティクルシステムによる自然な泡の動き
  • 聴覚的演出:泡の出現に合わせた効果音

これらの要素を組み合わせることで、単なる映像体験ではなく、自分自身が水中にいるような感覚を生み出すことができました。特に、視覚と聴覚の組み合わせは、没入感を大きく高める効果がありました。

また、完全な規則性を避け、適度なランダム性を持たせることで、より自然な体験を実現しています。これは、人工的な演出による違和感を軽減し、没入感を持続させる重要な要素となっています。

4. 魚群の動きと抽象的なビジュアル表現

水中空間の演出として魚群を採用する際、二つの重要な選択をしました。

一つ目は、抽象的なビジュアル表現の選択です。写実的な魚の表現は不気味の谷のような違和感を生む可能性があるため、あえて抽象的なメッシュ状の表現を採用しました。この選択により、より想像的で心地よい空間を演出することができました。

二つ目は、魚群の動きです。自然な群れの動きを再現する魚群シミュレーションを実装することで、予測できない有機的な動きを実現しました。この絶え間ない変化が視覚的な関心を維持し続け、5分間という体験時間の没入感の持続に貢献しています。

運用面での工夫:アテンドレスな体験の実現

カプセルホテルには男性フロアと女性フロアが分かれているため、Apple Vision Proに詳しいスタッフが常にアテンドできる環境ではありませんでした。そのため、デバイスに不慣れなスタッフでも安全に運用できる設計が必要でした。

この課題に対し、以下の2つの方針で設計を行いました:

  • アイトラッキングのキャリブレーション不要のUI設計
  • 自然な導線設計による体験開始フロー

通常、Apple Vision Proでは初回使用時にアイトラッキングのキャリブレーションが必要です。しかし、この工程には以下の課題がありました:

  • ゲストモードの設定でトラブルが起きる可能性が高い
  • 追いととのう体験において、キャリブレーション工程は没入の妨げになる

そこで、キャリブレーションを必要としない設計を採用しました。具体的には:

  • ユーザーの操作をスタート時の1アクションに限定
  • 手の届く位置にSTARTボタンを配置
  • ダイレクトタッチによる直感的な操作
手が届く距離にSTARTボタン
手が届く距離にSTARTボタン

没入体験を損なわないよう、装着から体験開始までを以下のように設計しました:

  • 画面の指示に従って自然に次のステップへ
  • アテンドは「寝転がってSTARTボタンを押してください」の一言のみ
  • アプリを開くと必ず最初から開始

この設計により、全てのユーザーがスムーズに体験を開始することができました。

さらに、アプリを再度開く際も、途中からではなく必ず最初から始まる仕様としました。デジタルクラウンでアプリを開くだけで体験を開始できるため、アテンド担当者の負担を最小限に抑えることができています。

まとめ

本記事では、空間コンピューティングにおける没入体験の実現に向けた様々な工夫をご紹介しました。

特に以下の点に注目して設計を行いました:

  • 視線誘導と目線の安定による没入感の維持
  • シームレスな空間遷移と抽象的な表現による快適な体験
  • 運用面での工夫によるアテンドレスな実装

一方で、今回の実装では空間コンピューティングの可能性をまだ十分に活かしきれていない部分もありました。
特に、物理的な空間とのインタラクションについては、今後さらなる探求の余地があります。
例えば、手のジェスチャーを活用した没入感の向上や、周囲の環境に応じて変化する体験の設計など、次の機会には新たなチャレンジをしていきたいと考えています。

空間コンピューティングの体験設計は、まさに開拓期を迎えています。本プロジェクトで得られた知見が、より多くの没入型体験の創出につながれば幸いです。

アバター画像
2018年、株式会社サイバーエージェント入社。VTuber撮影システムやVRアプリの開発に従事。その後、3DCG合成撮影システムやHoloLensアプリケーションの開発を手がける。 2024年3月よりXR研究所所長として、XR技術の社会実装に注力。