こんにちは。サイバーエージェントでxR(Virtual Reality、Augmented Reality、Spatial Computing)領域の開発をしている「xRギルド」の清水と辰己です。私たちは、2025年6月に開催された、女性エンジニアのための技術とキャリアに関するカンファレンス「WomenTechTerrace 2025」に向けてARアプリケーションを開発し、現地で展示を行いました。開発したアプリは、プリクラ(※)を模したAR体験と、会場装飾を目的としたAR演出の2種類です。
(※ プリント倶楽部 (通称プリクラ) は株式会社セガ 株式会社アトラスの登録商標です)
本記事では、テックイベント会場においてARをどのように活用したか、その取り組みを紹介するとともに、xRギルドとしての活動報告を兼ねて記録に残したいと考えています。
なお、「WomenTechTerrace」についての詳細は、以下の記事をご参照ください。
■ 女性エンジニアのための技術とキャリアのカンファレンス「Women Tech Terrace 2025」開催レポート
1. AR導入に至る課題感や運営のニーズ
Women Tech Terraceは、毎回会場装飾が華やかであることに加え、登壇者と聴講者のあいだに強い一体感や共感が生まれることが、大きな魅力のひとつとなっています。この一体感を可視化する手段として、AR(拡張現実)との親和性が高いのではないかと仮説を立てました。
そこで、イベントの登壇テーマには「キャリア」や「働き方」など、参加者自身の価値観や経験に結びつきやすい内容が多く含まれており、ARによってそうした“共感”を空間的に演出できる可能性があると考えました。
また、会場では多くの参加者が記念写真を撮影して帰られる傾向があることから、辰己がこれまでに開発していた「プリクラ風のARアプリケーション」が、来場者の思い出づくりを後押しするコンテンツとして活用できるのではないかと感じ提案しました。
これら2つのARアプリは、個人開発や社内展示用に制作していたものでしたが、今回のイベントの趣旨や来場者層に合うと判断し提案。Women Tech Terrace 2025 向けに改修を行うことにしました。
2. 開発したARアプリ
2.1 会場装飾用WebARアプリ
本アプリは、参加者が自身のスマートフォンのブラウザからアクセスするだけで、AR演出を体験できるWebARアプリケーションです。UnityでWebGLビルドしたARアプリを、Google CloudとCyberAgentの社内プライベートクラウドであるCycloudを組み合わせたハイブリッド構成で運用しています。
WebARアプリ自体はCycloud Run上で動作しており、Cycloud RunのAPIエンドポイントを経由してGoogle CloudのFirestoreと連携しています。また、Firebase Remote Configを活用することで、来場者全体に対して同じ演出状態を同期できるようにし、ライトニングトークごとに演出内容を変化させるなど、会場全体に一体感をもたらすAR体験を実現しました。

約4か月にわたる開発期間を経て、WomenTechTerrace 2025の開催当日に公開し、多くの参加者から「手軽に楽しめる」「写真映えする」といった好評をいただきました。
開発にあたっては、会場全体のデザインや世界観に調和することを意識し、UnityのShader Graphを活用した発光するワイヤーフレーム描画の演出や、Particle Systemsを用いた花火や光の表現を実装しました。WebARをスマートフォンのブラウザ上で快適に動作させるために、ビルドサイズの最適化や描画負荷の軽減に注力するとともに、Addressable Asset Systemを利用して、3Dモデルやテクスチャを適切なタイミングでロードする設計を心がけました。

2.2 プリクラ風のARアプリ
このアプリは当日運営側で用意したiPad上でゲームセンターなどでよく見かけるプリクラ風の体験ができるARアプリケーションとして開発しました。
アプリを開発するにあたり、実際にゲームセンターに訪れてプリクラを体験してきた上で、ユーザーに馴染みのある同様のUXで違和感なく体験してもらえるところを特に意識して実装しました。
アプリの実装はSwiftでiOSのネイティブアプリとして実装しました。実際のプリクラでは被写体の背景がグリーンバックになっていて、撮影後の背景には内臓されている固有の背景フレームや画像が適用されるかと思いますが、本アプリではあえてグリーンバックによる背景を使用せずにカメラからの映像を直接使用することでARアプリとして体験できる状態を目指しました。
また、実際のプリクラで標準的に備わっているペンによる落書き機能やタップ・ピンチ・スワイプジェスチャーによって直感的に追加・拡縮・反転・削除ができるスタンプ機能を実装し、それらを現実の空間と合成させることでAR体験として落とし込みました。
そして、今回最もこだわって実装した機能が美肌加工機能です。WomenTechTerrace 2025の参加者は女性のため、この機能はプリクラ風アプリとして体験してもらう上でとても重要な役割を担っていました。
iOSネイティブアプリとして美肌加工機能を実装する上で、複雑なグラフィックス処理を軽量かつ高品質に実現するために使える手段としてMetalシェーダーを採用しました。
MetalはApple製デバイス (Mac、iPad、iPhone など) 上でグラフィックスや計算処理を高速化するためにAppleが開発したローレベルのAPIです。Metalシェーダーを使用することで、撮影後すぐに表示される撮影結果画面までの間にほとんど待ち時間が発生せず、美肌加工を適用した画像を高速で生成することができたため、ユーザー体験の向上に大いに役立ちました。

3. イベントの反響
当日は、会場内のあちこちで歓声が上がり、「懐かしい!」「楽しい!」といった声を多くいただきました。SNS(X)でも、来場者による投稿が相次ぎ、賑わいを見せていました。
今回の取り組みを通じて、改めて多くの人が同じ場所に集まるリアルなイベントにおいて、AR演出が持つ価値を強く実感しました。空間を共有しながら、エフェクトや演出、デザインそのものをその場にいる全員で楽しめることで、ARがイベントに付加価値を添えられると実感しました。
特に印象的だったのは、懇親会の時間にiPadを囲んでARを楽しんでいる様子や、登壇中のスピーカーをWebARを使って応援している参加者の姿でした。こうした光景に、私たちも大きな達成感を得ることができました。
WebARアプリには、合計で約1,500件のリアクションがあり、プリクラ風ARでは数十枚の写真が撮影されました。
4. 支えてくれた社内のみなさま
今回のARアプリは、サイバーエージェント社内のさまざまな横断組織の協力、そしてクラウドリソースの支援を受けて実現することができました。
4.1 WTT2025のデザイナーチーム
WomenTechTerrace 2025のデザイナーチームには、プリクラ風ARに使用したスタンプや演出エフェクト、WebARのスタンプデザインやUI設計なども制作していただき、ビジュアル全体に一貫性を持たせることができました。
特に印象的だったのは、ARが持つ「現実世界とデジタルの融合」という特徴において、カメラ越しの世界観を統一感をもって構築することで、没入感が一層高まった点です。このように、デザインの力によってARアプリの完成度が大きく向上したことを実感しました。
4.2 ARをセキュアに配布するためのCIUの協力
WebARを安定的かつ低コストで、さらにセキュリティを確保した状態で実行するために、今回はリリースして間もないCycloud Runを活用しました。この取り組みは、技術検証の一環としても位置づけていました。
当初は、FirebaseとGoogle Cloud Runを組み合わせた構成で開発を進めていましたが、利用規模が読みづらいことや、広くパブリックに公開する前提であることから、セキュリティの設計やコスト最適化において検討が必要でした。
社内ではCycloudのオフィスアワーが毎週開催されており、気軽に相談できる環境が整っていたため、相談したところ全面的なご協力をいただけることになりました。Cycloud Runに関しては、Dockerイメージの構築から運用面の工夫まで、ハンズオンで丁寧にフォローしてもらえました。また、負荷対策試験やコストパフォーマンス調整まで当日を安心して迎えられるフォローまでしてもらえました。

プリクラ風ARアプリでは、撮影した写真を会場限定ネットワーク内にアップロードして、来場者に配布できる環境を用意してもらいました。
クラウドインフラの構成においては、コスト管理やセキュリティ設計など考慮すべき点が多くありますが、社内のプライベートクラウドチームと連携することで、要件に応じた柔軟な設計が可能になりました。こうしたサポート体制があることで、AR体験の品質や提供方法に集中しながら開発を進めることができたのは、非常に心強かったです。
5. イベントを終えてみてのふりかえり
今回、私たちがそれぞれ個人開発したアプリをWomen Tech Terrace 2025の公式アプリとして採用してくださった運営チームの皆さまに、すごく感謝しています。ARアプリを単なる展示とするだけでなく、会場全体の雰囲気に溶け込ませるような、印刷物やポスターやSNSなど、運営フローに組み込んでもらったことで、ARを実際の空間体験に活かす導線をしっかり設計してくださったことは、運営力と細やかな配慮の賜物だと感じています。
公式アプリとして認定されたことで、社内の横断組織による全面的な支援を受けることができました。クラウドリソースの提供をはじめ、コスト管理やセキュリティ対応まで、実運用に必要な要素を丁寧にサポートしていただき、とても心強かったです。
こうした支援体制に触れ、挑戦する個人やプロジェクトを温かく後押ししてくれる、サイバーエージェントのカルチャーの良さをあらためて実感しました。

6. CAゼミxRギルドは他にもこんな活動しています
私たちが所属するxRギルドでは、今回のWomenTechTerrace向けARアプリ開発以外にも、様々な技術的挑戦を続けています。
【xRギルドの事例紹介】
・技術書執筆: 「Apple Vision Proアプリ開発ガイド 〜visionOSではじめる空間コンピューティング実践集」〜 技術評論社 〜
・競輪・競馬AR: スポーツ観戦体験を拡張するARアプリケーション開発
・xR研究所と共同によるビジネスシーンにおけるApple Vision Pro活用の実証プロジェクト
また、CAゼミでは他にもAIやインフラなど様々な活動があります。興味のある方は、ぜひ他のブログ記事もご覧ください。
開発者紹介
辰己 佳祐 (SGEマンガ事業部)
2015 年新卒入社。2023 年 7 月まで株式会社 AbemaTV で iOS・IPTV・AndroidTV・Nintendo Switch のクライアントアプリ開発に携わった後、現在は SGE マンガ事業部でネイティブエンジニアとして縦読みのマンガサービスである ジャンプTOON のアプリ開発に携わっている。清水良一 (技術政策管轄 広報ユニット)
2012年中途入社。Blender, Unityで、映像制作やXRアプリ開発をしています。共著「Apple Vision Proアプリ開発ガイド(技術評論社)」