松井 美帆 (マツイ ミホ):インタビュアー
株式会社サイバーエージェント 2007年入社。新規開発局でインフラエンジニアを経験後、CSでラボとの共同プロジェクトである監視システムOrionのPMを経て、現在秋葉原ラボコーディネーターとして勤務。
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松井
今回、秋葉原ラボからは3名が人工知能学会の発表に行ったんですよね!
最近AIという言葉がやたら流行っていますし、今回の人工知能学会も企業スポンサーが殺到し大盛況だったと聞きました。学会などにあまり馴染みのない私とかにも理解できるように、もうちょっと噛み砕いて分かりやすく説明して欲しいです!まず、高野さん・角田さんからお願いします!
1. 仮想社会における社会関係とソーシャルサポートに関する一考察
高野雅典 (タカノ マサノリ)
株式会社サイバーエージェント 技術本部 秋葉原ラボ 2011年入社。博士(情報科学)。自社サービスのデータ分析と計算社会科学研究に従事。
高野
現実の社会関係では相談しにくいことも匿名のオンラインコミュニケーションではしやすくなる、という経験ありませんか?
松井
あります!子育ての悩みとか、リアルな人間関係では「友だちに批判されないかな?」と相談を躊躇してしまうことを、子育てサイトの掲示板で匿名で相談してみたりとか・・・。
高野
しかし日本の若年層が主に利用するオンラインコミュニケーションツール(Facebook、Twitter、LINE)は現実の社会関係を多く含みます。そのような現実とその拡張の社会関係を補完するコミュニケーションツールは重要であると言えます。本研究は、アバターチャットサービス「ピグパーティ」におけるソーシャルサポートについて考察することが目的です。そのためにサービス運営者によるインタビュー結果をオンラインソーシャルサポートの観点から整理しました。
松井
ピグパが事例ってわかりやすいですね!結果はどうなったんでしょう?
高野
ピグパーティという仮想空間ではユーザは現実とは切り離された社会関係を持っており匿名性が高く、自己開示(相談ごと)をしやすい環境であることが示されました。そして、実際に他のユーザの悩みの相談を受けるなどユーザ間でのソーシャルサポートの授受がなされていました。またアバターによるジェスチャーという非言語コミュニケーションがコミュニケーションを円滑にすることが示唆されました。
松井
なるほど、実際の人間関係だと「この人には自分のこういう面は知られたくないな」とか、見栄を張ってしまったりってこともあるけれど、なぜか顔が見えないと話せることって確かにあったりしますよね。発表内容についてなんとなく理解できた気がします!ちなみに、技術的なみどころってありますか?
高野
この分析の元になったのはピグパーティで水野が実施したユーザインタビューです。
インタビュー形式は「半構造化インタビュー」という予め大まかな質問ストーリーを決めつつ、インタビューイにはある程度自由にお話しいただくというものです。インタビューによるユーザとの「対話」や「観察」を通してサービス運営チームが思いもよらなかった観点や楽しみ方・使い方を知ることができます。
松井
実際にユーザーインタビューを!ユーザーの生の声が聞けるのは、事業側にとっても貴重な機会ですよね。しかも加えてこういう研究結果まで出せるなんて、一石二鳥・・・!
2. オンラインコミュニケーションにおける「いじめ経験の告白」
角田 孝昭 (ツノダ タカアキ)
株式会社サイバーエージェント 技術本部 秋葉原ラボ 2016年入社。博士(工学)。自社サービスのスパム索敵殲滅作戦ほか機械学習システムの研究開発に従事。
松井
続いて角田さん、・・・とにかくわかりやすくお願いします!
角田
わかりました!(笑)
先ほどの高野とのお話に、「ピグパーティのような仮想空間特有の間柄だからこそできる相談がある」という話がありましたよね。
松井
現実世界の人間関係から切り離されているからこそ話せること、ってことですね!
角田
はい、そうですね。例えば「学校などで自身がいじめられている」といった悩み相談もその一つです。実際にピグパーティではこういった「いじめ相談」がたくさん行われています。しかし、いじめ相談の中には相談者にとって良い結果に終わった相談とそうでなかった相談、つまり聞き手からのソーシャルサポートが有効に機能したものとしなかったものとがあります。
そこで、本研究ではピグパーティでのいじめ相談に焦点を当て、いじめ被害者にとってポジティブな結果をもたらす相談となるために鍵となる要素を探っています。
松井
技術を使って、いじめを受けている人へのサポート方法に関する糸口を提案できたってことですね。とてもステキです!
角田
この研究では、次の2つの分析を行っています。まず、いじめ相談がユーザの利用満足度に与える影響をユーザ行動から明らかにしています。次に、いじめ相談がポジティブな影響を与える理由・そうでない理由を、対話内容に踏み込んで探っています。
前半の分析では、いじめの相談をすることがユーザ満足度への影響を見るため、翌週利用日数を目的変数とした一般化線形モデルに当てはめています。
松井
ピグパでのいじめ相談が相談者にポジティブな影響を与えていれば、相談者は継続してピグパを利用するはず・・・みたいなことであってますか?
角田
はい、まさにその通りです。
分析の結果、相談しているルームタイプによって与える影響が異なり、中でも「少数」の「友人」で構成されるルームでの相談はプラスの影響を与えることが分かりました。
そして、後半の分析では、ルームタイプによって相談がどのように異なっているのかを見るため、LDA と呼ばれるトピックモデルを活用しています。例えば、いじめ相談が有効に機能しない理由の一つに、一部ユーザによる誹謗中傷などのいわゆる「煽り」があることが分かりました。このように、トピックモデルを活用すればテキスト量が多くてもある話題の割合などを定量的に議論することが可能になります。
松井
なるほど。LDAにトピックモデル・・・、少し難しくなってきました(笑)
ではこれだけ聞かせてください!お二人の研究結果は、私たちの生活をどんなふうに良くしていくんでしょうか?
角田
いじめの本質的な解決のためには、専門家や家族などいじめの解決をするために行動を起こしてくれる人への相談が必要です。しかしいじめを受けている人はそれを打ち明けることをためらいがちです。例えば、いじめが原因で自殺した方の共通点には「周りに言えなかった・親に心配をかけたくないので隠していた」が挙げられます(参考: 遺書の共通点 いじめ自殺)。
松井
確かに友だちに嫌なことされたけれど、親に心配かけるから言えないみたいな経験は私にもあります・・・!
角田
多感な時期は、そういうことってよくありますよね。でも、先ほどの高野の説明のように、匿名であることは「いじめを受けていることを打ち明けること(自己開示)」のハードルを引き下げます。一般ユーザの匿名同士のコミュニケーションであるため直接的な解決への行動は難しいですが、「いじめに関する相談」が相談者にとって「心地よい体験」であることは間接的に示すことができました。
また共感を得たことによって自分への肯定感が上がれば、より相談のハードルが下がります(参考: 否定的内容の自己開示への抵抗感と自尊心の関連)。もしピグパーティでの相談が相談者に肯定感をもたらすのであれば、専門家や家族への相談もしやすくなるということもあるかもしれません。直接的な検証は難しいのですが…。
松井
共感による、肯定感、大切!
Amebaのサービスという小さな社会で語られる「いじめの告白」を通して、実社会の「いじめ相談」におけるアプローチ方法について考察できる、という感じでしょうか、すごく面白いです!
3. 残差に基づいて匿名性と有用性を両立させる匿名加工に関する考察
森下 壮一郎(モリシタ ソウイチロウ)
株式会社サイバーエージェント 技術本部 秋葉原ラボ 2016年入社。博士(工学)。自社サービスのデータ分析と情報倫理に関する研究に従事。
松井
そして森下さん。森下さんの発表はタイトルからして難しそうで・・・!
私でも理解できるように、発表内容について教えてください。できれば難しい漢字ぬきで(笑)
森下
承知しました(笑)
これは、個人データを誰だか分からないように匿名化して、プライバシーを保ちつつ、かつ有効活用するための手続きについて考えた研究です。
例えばイニシャルトークで「某Mさん」と言われて、「誰だか分からん」となったり、「ああー、わかる」となったりしたことはよくあると思います。対象についてよく知っていると「匿名化」に意味がありません。もちろん、「Mさんと言われてもたくさんいるからなあ」という状況なら良さそうですが、匿名化したリストに書いてある「Mさん」についての記述、例えば「年収」が全部一緒だったりすると、「Mさんの年収」は明らかになってしまいます。匿名化されたデータからこのようにして情報を得ようとする行為を「詳細化」と言います。
松井
よく犯罪の容疑者とかが、名前が伏せて報道されているのに、いつのまにか個人が特定されちゃっている、みたいな感じのやつはこの「詳細化」とかによったりするんですかね?
森下
それはまさしく集合知による詳細化だと思います。
ああいうのは、元になる一つ一つの情報は一見当たり障りがないんですよね。でも、詳細化によってプライバシーが損なわれてしまうことがあるわけです。
ただデータを活用してサービスの改善などに役立てようとするときなどに、いま言ったようなことを怖れて十分な匿名化をしようとすると、結局何も分からないデータになってしまいます。すなわち、有用性が著しく損なわれます。この発表では、データマイニングでよく使われる統計モデリングの手法をうまく応用すると、十分な匿名化を施しながらも一定の有用性を保つことができることを示しています。
松井
なんか・・・すごく理解できた気がします!
私はエンジニアではないですが、この記事はエンジニアの皆さんもご覧になるので、是非技術的なみどころについても教えてください!
森下
データマイニングの技術を応用して匿名化するところがポイントだと考えています。
データマイニングがうまくいくと複雑なデータをきれいに分けることができますが、それはつまり区別がしやすいということです。匿名化したデータにこれを施して、誰か特定の人を区別できるようにしてしまうと詳細化に繋がります。
本発表で示した手法では、データマイニングの技術を逆に使って、分かれているデータを混ぜてしまいます。これにより匿名性が保たれます。普通は混ぜたら意味がなくなるのですが、それでも一定の有用性は残るということを示したのがポイントです。
松井
なんとなくわかった気になれました、私(笑)
ではこの研究結果、例えばどんな風に実社会で役立てられそうですか?
森下
2017年5月末に全面施行された改正個人情報保護法では、個人データに匿名加工を施すことで同意なしでも第三者提供ができるようになりました。これによりデータの利活用が推進されることが期待されたのですが、上記のような問題があってなかなか進んでいませんでした。
国立情報学研究所の報告書や情報法制研究所の提言により、匿名加工の合理的な手順は示されていたのですが、いずれも詳細化については法令等で一定の制約を課すというもので、利活用しようとする事業者にとってはリスクを測りかねるという状況でした。
本発表で示した考えを具体的な手順としてまとめることで、事業者による匿名加工情報の利活用が進み、また個人データの提供元のユーザの皆様にも安心感をもって個人データを預けて頂けるようになると考えています。
松井
データの利活用の重要性について最近よく話題にあがりますよね。
消費者にサービス提供をする企業にとっては、消費者の「個人情報」というデータを「国や消費者に怒られないように(法に則り)、どう意味のある形で利用し利益最大化に繋げられるかは注目すべきポイントだと思います。森下さんの研究が、消費者の個人情報の安全確保と企業のデータ活用に役立てられると嬉しいですね・・・!
高野さん、角田さん、森下さん、ありがとうございました!
(インタビュー終)
秋葉原ラボは、サイバーエージェントのメディアサービスから得られるデータを活用することで、メディアサービスと会社の発展に寄与することを目的として業務をしています。サービスで利用されるプロダクトの提供以外にも、日々の業務の中から得られた知見を今回のように研究に反映し、それを学会で発表することも重要な業務の一つとなっています。
今後も秋葉原ラボでの研究発表を、継続的にお届けしてまいります!