はじめに

こんにちは、株式会社AI Shiftでデータサイエンティストチームのマネージャーをしている友松です。普段はチャットボットやボイスボットなどのコールセンター向けのプロダクト開発及び生成AIを活用した業務改善プロダクトの研究開発を行っています。

本日は、CyberAgent Developers Advent Calendar 2023の23日目の記事として、サイバーエージェントにおける生成AIのリスキリング施策について取り上げたいと思います。この施策は、役員を含む全社員が参加する総合的なプログラムとして提案・実行しており、私が実行責任者として動いているプロジェクトになります。

本記事は11/6に出された下記のリリースの内容になっており、画像の点線部分に関する内容が中心となっています。

サイバーエージェント、全社的なAI人材育成に向けて「生成AI徹底理解リスキリング」をスタート

本記事は時系列に沿って以下の構成となっております

  • 施策の提案: 7月
  • 施策の全体設計: 7-8月
  • 教材(講義動画)制作: 8-10月
  • 全社員・役員への施策の実施: 11-12月
  • 今後: 2024年1月以降

施策の提案


当社には「あした会議」と呼ばれる、サイバーエージェントの“あした(未来)”に繋がる新規事業や課題解決の方法などを提案、決議する会議が年に1~2度開催されます。ここでは、役員や事業責任者や専門分野に長けた人材を選抜し、チームを組成。代表の藤田に直接提案を行います。

2017年からはエンジニア・クリエイターが中心となって実施する技術者版「あした会議」としてCA BASE SUMMITを毎年実施しており、「生成AI徹底理解リスキリング」の実施も本会議で決議されました。

当時の状況としては、ChatGPTの登場から半年が経過し世の中が生成AIで盛り上がり、会社としてもこれからうまく浸透させていくタイミングでした。

私は当時から自身が所属するAI Shiftで生成AIの活用を進める中でそれを適用していくための人材が世の中の需要の増加に対して圧倒的に不足し採用が難しいことを感じていました。そのため、社内から育成していく仕組みが必要であると感じました。

生成AIを活用できる人材といっても、スキルのアウトプット先によって必要となる前提知識・専門性の深さが異なるためそれらを段階を分けてリスキリングするような提案にしました。

※本提案時は生成AIの中でも大規模言語モデル(LLM)に特化した提案を行っておりました。

  • 知識をもとに活用先のアイディアを創出できる
    • ⇒ 全職種を対象に知識のインプット
  • LLMを活用して製品への組み込みができる
    • ⇒ エンジニアを対象に知識のインプット+実践的な演習
  • LLMのモデル構築やチューニングができる
    • ⇒ データサイエンティスト/機械学習エンジニアを対象に知識のインプット+実践的な演習

また、「あした会議」の施策の提案には実現可能性が求められますが、施策の提案段階で

  • AI LabでLLMを専門に研究されている方
  • CyberAgent LMの開発者
  • 業務でLLM活用を進めるエンジニア
  • 機械学習基盤を構築するインフラチーム
  • リスキリングセンター

の皆様から実行体制に含めることを快諾いただき、多方面でリスキリングを実行できる盤石の体制を組むことができました。

結果的に、全8チーム16案の中で最も高い点数で決議され施策の実行が決まりました。

施策の全体設計

まずは、決議いただいた内容を精査し、全体設計を進めました。

社内の熱気を取り込んだネーミングに

まず、施策の名前としては同じくCA BASE SUMMITで決議されて、先行で実施された生成AI徹底活用コンテストが大成功し、社内で生成AIに対する温度感の高まりもあり、「生成AI徹底理解リスキリング」というネーミングに決定しました。

そして、3段階で展開していくそれぞれを以下のように決定しました。

  • for Everyone
  • for Developers
  • for ML Engineers

本記事では全職種を対象にした1段階目であるfor Everyoneの実行について書いていきます。

for Developers以降は2024年の1月から展開予定で最後の準備を進めています。

役員を含む「全社員必修」をゴールに

for Everyoneは全職種(エンジニア・クリエイター・ビジネス)・役員を含む全社員の受講完了率100%を目標に置きました。「知識をもとに活用先のアイディアを創出できる」ためのベースの知識をつけ、今後生成AIを活用していくことが当たり前になる社会に向けてサイバーエージェントオールでリスキリングしていくことを決めました。

提供するコンテンツは毎週1本の動画と理解度をチェックするミニテストを5週に渡って展開し、まとめテストを合格することを受講完了と定義しました。

全職種・全社員を対象にしたときにすでにfor Everyoneのレベルの知識を達成しているという方もいるのでそのような方は動画を見なくても受講完了できるように「まとめテスト」を合格してもらう形にしました。

教材(講義動画)制作

動画

講義製作では、まずは講師を選ぶに当たって全社員が知っておくべき内容を精査し過不足が無いようにチェックを行いました。講義の詳細は社外秘情報を含むためお見せできませんが、どういう内容を盛り込んだか触れたいと思います。

 

  • Week 1:生成AIシフトでCAの未来を創る〜 生成AIのインパクトと全体像 〜
    • 講師:
      • 1名(全社で生成AIの取り組みをより加速させる組織であるAIオペレーション室の方)
    • 講義内容:
      • 生成AIリスキリングとは
        • どうして全社員でリスキリングを行うのか
        • なぜ今「生成AIリスキリング」を行うのか
      • 生成AIリスキリングで学べる内容
  • Week 2:ChatGPTで注目を浴びた「大規模言語モデル」とは 〜 大規模言語モデル ( LLM ) ってどんなもの?成り立ちから進展予想まで 〜
    • 講師:
      • 1名(事業で生成AIを活用したプロダクト開発者)
    • 講義内容:
      • 言語モデルはどういう仕組で、どんなことができるのか
      • 言語モデルの発展の歴史
      • 言語モデルの今後の発展について
  • Week 3:LLMを業務で徹底活用する方法 〜 便利な見本事例から、組み込み時のチェックポイントまで 〜
    • 講師:
      • 1名(事業で生成AIを活用したプロダクト開発者(本記事の著者))
    • 講義内容:
      • 言語モデルの種類や特徴について
      • 言語モデルを利用する際に知っておくべきこと
      • 言語モデル×外部データでパワーアップさせる仕組み
      • 言語モデルを普段の業務で活用する
      • 言語モデルを事業に組み込む
  • Week 4:事例から学ぶ!生成AIを利用する上で気を付けること 〜 法務や情報セキュリティの観点から、安全に使うために 〜
    • 講師:
      • 2名(法務・コンプライアンス部にてAI関連のプロダクトの担当者&グループIT推進本部にて情報セキュリティ全般の専門家)
    • 講義内容:
      • 生成AIのリスクについて(法務観点)
        • 著作権・肖像権・パブリシティ権・個人情報・秘密情報
      • 生成AIのリスクについて(セキュリティ観点)
        • 情報漏洩リスク
        • 学習に使われるリスク
      • 安全に使うために心がけること
  • Week 5:LLMがどのようにつくられているか 〜 仕組みを知って事業に活かそう 〜
    • 講師:
      • 2名(AI Labで自然言語処理を専門に扱うリサーチサイエンティスト&CybarAgent LMの開発者)
    • 講義内容:
      • 言語モデルの学習について
      • 様々な学習方法とその違いについて
      • CyberAgent LMの構築について

講義内容を決めるに当たって、外したくなかったポイントは「知識をもとに活用先のアイディアを創出できる」という理想状態です。対象はエンジニア・クリエイター・ビジネス職すべての職種・役員を含む全社員が対象です。”全員が合格できる難易度”という視点で作ってしまうと、「知った気になる」コンテンツができてしまうので、そうではなく理想状態を達成するために必要なベース知識をしっかりと講義に盛り込みました。

動画撮影後に第三者に動画を見ていただき、専門用語等で理解が難しい箇所には追加でテロップを入れる対応を行いました。

また、公開直前までWeek2〜Week5までの動画しかなかったのですが、施策全体の背景や何が学べるなど前提の部分をお話したほうが良さそうとなり、ティザー動画としてWeek1を追加しました。

テスト

テストにはサイバーエージェント社内にあるe-Learningの仕組みを利用して展開しました。Week2以降の各会でこれだけは抑えてほしいポイントを5問ずつ問題にし展開しました。テストも事前に第三者に受けてもらいフィードバックをいただき、落とす目的は無いので、ひっかけ問題は作らずに素直に合格できるような構成にしました。

また、テストで間違えてしまった問題は1問ごとに正誤と解説が出るようになっておりその場で復習できるような形にしました。

 

全社員・役員への施策の実施

リスキリングプログラムの展開は以下のスケジュールで行われました。

  • 10/30(月) Week1動画公開
  • 11/06(月) Week2動画公開
  • 11/13(月) Week3動画公開
  • 11/20(月) Week4動画公開
  • 11/27(月) Week5動画公開
  • 12/15(金) リスキリング完了期限

公開前, 公開後〜最終動画公開, 最終動画公開〜受講最終日の3段階に分けて展開した施策をご紹介します。

公開前

まずは、施策を全社員に知ってもらうための施策を行いました。

この施策が決議されたCA BASE SUMMITに参加していなかった社員にとっては、施策の存在すら知られていない状況です。そのため、まずは社員に施策の認知を行う必要がありました。

  • 認知施策
    • オフィス内サイネージに投影
    • オフィス内にポスターを配置
    • 会議室のモニターに受講促進動画を流す
    • 全社メールにて施策開始の案内
    • Slackにて施策開始の案内
    • Week1のティザー動画の公開

公開後〜最終動画公開

公開後は毎週動画が出るまではまとめテストの受講完了率ではなく、動画の視聴率を追いました。公開開始から2週間ほどたって視聴UUがモニタリング対象人数の10%に満たない状態でした。原因としては明白で、「全社員対象のリスキリング施策」という温度感がまったく社員にまで伝わっておらず、「何か全社でリスキリング施策をやってるみたい」という状況でした。そこで現場に入り込んで受講を促進するための働きかけを行いました。

  • 各役員管轄のキーパーソンを巻き込んだSlackのChannelを作成
  • 役員会にて、各役員の受講状況や役員管轄ごとの受講状況の推移を毎週報告
  • リスキリングを受講するコアタイムを各部署で設置の依頼
  • 社内の技術カンファレンス(CA BASE CAMP)の基調講演で役員からメッセージを伝えていただく
  • 各管轄役員から受講推進動画を毎週展開
  • 各部署で行われる月末締めの会にて受講の依頼を入れてもらう

最終動画公開〜受講最終日

受講促進の施策が進み、各役員管轄の進捗度合いが可視化されたことによって各組織での受講促進が加速したように思います。運営側では、最後の追い込みに向けてdailyの進捗率目標を立てて、各日付でどのような施策を入念に練りました。

  • dailyで各組織のキーパーソンが見れるバイネームの受講完了確認シートの展開
  • うまく進捗している組織をピックアップし全体で共有
  • うまく進捗できていない組織をピックアップし組織のキーパーソンへ個別のアプローチ
  • 受講未完了者に対してSlackBOTによる個別のリマインド

11/27のWeek5の動画公開を境に順調に受講完了者を増やすことができました。特に受講促進がうまく行っていたB, F役員管轄が全社の温度感に火をつけていただきました。最終週になると推移的に100%受講完了を目指せる状態が見えてきてより具体的にアプローチすることができたように思えます。

受講結果と今後

結果として受講対象者は6,272名だったのに対し、6,247名が合格99.6%の方が受講完了しました。また役員の受講完了率も100%となりました。全7役員管轄のうち5役員管轄が100%完了残りの2役員管轄も99%以上が受講完了となりました。

モニタリングの対象外だった方も自主的に受講いただき、そちらも含めると+500名以上(6,852名)合格しました。

この結果は、良い教材制作にご協力いただいた講師の皆様、多方面でご尽力いただいた運営の皆様・各役員管轄で受講促進いただいた皆様、受講していただいた全社員の皆様、そして全社員を対象に温度感高く実行することを決議頂いた藤田社長を始めとする役員の皆様すべての方のおかげで実現できました。ありがとうございます。

「生成AI徹底理解リスキリング」としては年明けから「for Developers」の展開が開始して今後も施策が継続して行われる予定となっています。(そちらも完了タイミングでブログで報告できればと思います)