こんにちは。学際的情報科学センターの高野雅典と申します。当社のプロダクトにおけるデータ分析・計算社会科学の研究を業務としています。また、当社の「Tech DE&Iプロジェクト」においてアンケート調査・文献調査なども行っています。

本記事ではTech DE&Iプロジェクトで実施した社内環境の包摂調査について紹介します。本記事は経営情報学会 2023年 全国研究発表大会で発表した内容「IT製品の開発に携わる従業員に対する就労環境の包摂度調査」をブログ用にまとめ直したものです。

背景

近年、多くの企業では、多様性、公正性、包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion; DE&I)を重視した働きやすい環境作りが進んでいます。そのためには、さまざまな社会的背景や属性を持つ人々が、それらの違いによるハードルを感じずに、快適に働ける環境を作り上げることが重要だと考えています [正木2017,保科2023]。

現代社会では、IT企業の製品を全く使わないで生活することはほとんど不可能です。つまり、IT企業の製品は社会と密接に関連しているわけで、その製品が特定の属性に対する差別や攻撃的な表現を持っていると、利用者やマイノリティ、さらには社会全体に悪影響を及ぼす可能性があります。

そこで、このような問題を防ぐための一つのアプローチとして、製品開発に関わる従業員の多様性を高めることが提案されています [Jean-Baptiste2020]。なぜなら、多様な属性の人々が関わることで、より公正で包摂的な製品開発が可能になるからです。

そこでTech DE&I プロジェクトでは、当社の働きやすい環境の実現に向けた課題を明らかにし、具体的な施策を提案することを目指して調査を行いました。今回は、主にエンジニアを対象として、各々が働いている環境の包摂性と、その従業員の属性との関連について調査しました。

具体的には社内でアンケートを募り、回答者の属性とインクルージョンスコア(後述)を計測し、下図のように回答者の属性によってインクルージョンスコアがどのように影響を受けるかを調べました。

分析モデル

データと方法

アンケート回答者

当社のSlackのいくつかの(主にエンジニア関連の)チャンネルでアンケートの回答をお願いしました。なお本アンケートは匿名で実施されました。エンジニアを主な対象としたのは当プロジェクトの焦点がエンジニアだからです。ただしアンケート自体はオープンなもので他の職種の回答者もいます。募集期間は2023/5/11–5/25の2週間で回答者は231名です。

インクルージョンスコア

本調査では就労環境の包摂度を測定する方法として株式会社JobRainbowが開発したインクルージョンスコア(2022年版)を用いました。質問項目は20項目あり、大項目(総合スコア)、中項目(インクルージョン、公平性、帰属意識)、小項目(心理的安全性、 信頼関係、ウェルビーイング、サポート体制、差別・偏見の有無、個人の尊重、多様性への理解・尊重)という階層構造になっています。詳しくはJobRainbow社のサイトをご参照ください。それぞれの項目についてスコアが高い順にA, B, Cの3段階の評価が設定されています。本記事では主に総合スコアと小項目に関して分析を行いました。

属性情報

インクルージョンスコアを説明する属性変数として以下について回答をしてもらいました。

  • 性別: 男性、女性、その他、答えない
  • 年齢: 25歳以下、26-30歳、31-35歳、36-40歳、41歳以上、答えない
  • マイノリティ属性: 育児中、LGBTQ+/外国人/障害者/介護中のうち少なくとも1つが当てはまる、上記のいずれでもない、答えない
  • 所属事業部: 事業部A–E
  • 職種: 営業/企画/バックオフィス、デザイナー/イラストレーター、IT技術者
  • ジェンダーギャップ勉強会: 参加した、資料を読んだ、どちらでもない

マイノリティ属性のカテゴリについてはJobRainbow社のD&I Awardの分類に基づいています。ただし社内で実施されたアンケートであり、回答数が少ない、または回答者の特定に大きなリスクが想定される場合があるため、育児中以外は1つの選択肢としてまとめました。

当社は大きく分けて3つの事業(インターネット広告事業、ゲーム事業、メディア事業)を行っているため、所属事業部としてその3つと本社機能(バックオフィスや社内情報システム関連組織など)・その他の2つを加えて、5つの選択肢について回答をしてもらいました。

また当社ではこの調査実施の2ヶ月前(2023/3月前半ごろ)に主にIT技術者を対象としたジェンダーギャップに関する勉強会していまして、その勉強会への参加効果を調べるため参加状況についても回答をしてもらいました。

結果まとめ

結果のまとめを以下の図に示します。
属性とインクルージョンスコアの関係を構造方程式モデルで分析したあと、各属性の期待値を計算して、各スコアのABCの3段階評価をしています。

結果

総合スコアはA評価、小項目も「多様性への理解・尊重」を除きA評価となり、回答者の平均としては概ね高い値を示していると言えます。ただしA評価を満たせていない回答者も一定数存在していました。したがって平均スコアとしてA基準を満たせてはいるものの、改善の余地があることがわかります。

以下では属性ごとに見ていきます。

性別は心理的安全性についてのみ影響があり、男性が女性に比べやや高い傾向にありました。ただし男女共にA評価だったため、女性が低いというわけではなさそうです。

職種によって性別の比率が異なる(エンジニアは他の職種にくらべて男性比率が高め)ため、性別の心理的安全性対する効果には職種による差異があると考え、回帰分析によって性差を検証しました。具体的には、心理的安全性を被説明変数、説明変数は属性情報(構造方程式モデルと同様)とし、性別と職種の交互作用の回帰係数を評価することによって分析しました。その結果、性別と職種の交互作用には統計的に有意な差はみられませんでした。

年齢は高いと「個人として尊重されているという感触」は減少傾向にありました。

マイノリティ属性については、子育て中である回答者は尊重されていると感じていました。一方で、それ以外のマイノリティ属性の回答者は同社の「多様性への理解・尊重」が不十分であると他の回答者に比べて感じていました。

ジェンダーギャップへの勉強会参加者は心理的安全性が高い傾向にありました。この勉強会はジェンダーをテーマとしており、効果の大きさには性差があると考えられるため、回帰分析によって性差を分析しました。具体的には、心理的安全性を被説明変数、説明変数は属性情報(構造方程式モデルと同様)とし、性別と勉強会参加の交互作用の回帰係数を評価しました。その結果、性別と勉強会参加の交互作用には統計的に有意な差はみられませんでした。

考察

インクルージョンスコアに基づくA、B、Cの3段階評価基準に基づくと、本調査結果は、会社の多様性への理解・尊重を除き、A評価と高い評価が示されました。しかし、すべての方のスコアが高いわけではなく、また課題が全くないわけでもありません。その課題を把握するために、構造方程式モデルを用いて回答者の属性とスコアの関係性を分析しました。

その結果、心理的安全性は男女ともに高いものの、性差は存在し、男性の心理的安全性がやや高い傾向が見られました。この傾向には、性比が異なる職種は影響していません。

これは、当社の若手の活躍・成長を推進する企業文化があることと、若手のスコアが高い一方で、シニア・中堅の支援も求められていることを示唆しています。

子育て中であることは、自身が個人として尊重されていると感じる傾向にありました。これは、子育て中は私的な理由での業務上の調整が必要なことが多く、それが周囲に受け入れられているからだと考えられます。

前述のように、「多様性への理解・尊重」は平均スコアとして唯一A評価でなかった項目でした。つまり、回答者は「当社の経営層・同僚は多様性への理解・尊重が十分でない」と感じていました。特にマイノリティ属性(LGBTQ+/外国人/障害者/介護中のうち少なくとも1つが当てはまる方)の場合、この傾向がさらに強くなります。

他の項目のスコアは高いため、攻撃的・差別的な行動が広がっているわけではないと考えられます。例えば、会社としての能動的なアクションが弱い、または無意識の言動に対する知識や配慮の不足などを、回答者が感じている可能性があります。したがって、経営層によるメッセージの発信や、DE&Iに関する研修(基礎知識・注意すべき行動)が、当社のDE&I推進に重要であると言えます。そのような啓発によって、例えば、子育て中と同様に個人として尊重されていると感じることが増えることなどが、マイノリティ属性についても期待できます。

まとめ

本記事では、当社の主にエンジニアに対して、就労環境について調査を行いました。その結果、どのような性別・年齢・所属部門にどのような課題があるのか、子育てに関する周囲の理解、多様性に関する会社(経営層・同僚)の理解度が本アプローチで把握できることが示唆されました。また、ジェンダーギャップ勉強会などDE&Iに関する啓発が、性差関係なく受講者にポジティブな影響を与える可能性が示唆されました。

参考文献

  • [正木2017] 正木 郁太郎, 村本 由紀子. 多様化する職場におけるダイバーシティ風土の機能,ならびに風土と組織制度との関係. 実験社会心理学研究, Vol. 57, No. 1, pp. 12–28, 2017.
  • [保科2023] 保科 寧子, 鈴木 幸子, 渋谷 えり子, 内山 真理, 須永 康代, 辻本 健, 森 元二, 高木 薫. 労働者が職場において疎外感や差別を感じる要因に関する実態調査 -教育機関における労働環境改善の視点から-. 労働安全衛生研究, pp.2022–0031, 7 2023.
  • [Jean-Baptiste2020] Annie Jean-Baptiste. Building for everyone : expand your market with design practices from Google’s product inclusion team. Wiley, 2020.

謝辞

インクルージョンスコアの使用の許可・使用にあたっての丁寧に活用方法についてご教示供いただいた株式会社JobRainbow感謝申し上げます。

学際的情報科学センター所属。2011年にフロントエンドエンジニアとして中途入社。その後、データマイニングエンジニアとして自社プロダクトのデータ分析と計算社会科学の研究に従事。計算社会科学・複雑系・進化心理学・進化ゲーム・統計モデリングなどに興味。