本記事は、10月29日〜30日にかけて開催した「CyberAgent Developer Conference 2024」において発表された「ネット広告に未来はあるか?「3rd Party Cookie廃止とPrivacy Sandboxの効果検証の裏側」」に対して、社内の生成AI議事録ツール「コエログ」を活用して書き起こし、登壇者本人が監修役として加筆修正しました。


暮石 航大 (AI事業本部 データサイエンティスト)

2020年度新卒入社.AI事業本部のリターゲティング広告配信プロダクト「Dynalyst」にて広告配信の最適化に従事.配属と同時にAppleからATT(App Tracking Transparency)フレームワークが発表され,影響の大きさからプライバシーとネット広告の問題に興味をもち,ユーザのプライバシーを配慮した形でのネット広告こそが使命であることを認識した. 現在は,「ユーザのプライバシーに配慮したターゲティング広告」の実現をミッションにプライバシーラボチームのマネージャーを務めている.Google Chromeによる「Privacy Sandbox Testing Grantsプログラム」に参加するなど,3rd Party Cookieの代替技術である「Privacy Sandbox」の効果検証を行うなど,ネット広告とプライバシーの両立を目指して活動している.


「ネット広告に未来はあるか?3rd Party Cookie廃止とPrivacy Sandboxの効果検証の裏側」というタイトルで発表を進めていきたいと思います。

まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。私は2020年度の新卒入社で、現在はプライバシーとトラッキングに関する課題に取り組む「プライバシーラボ」というチームでマネージャーを務めています。バックグラウンドはデータサイエンティストであり、現在のミッションはユーザーのプライバシーに配慮した広告配信の実現です。

このミッションは、入社当初からこの分野からもっていたわけではありませんでした。2020年度に新卒で入社した際、リターゲティング広告プロダクトに配属された同時期にAppleのATTフレームワークが発表され、その影響の大きさを目の当たりにしたことでこの領域に興味を持つようになり,現在のミッションに至っています。

 

今のインターネット広告は、「The Great Reset」と例えられることがあります。「The Great Reset」という表現は,今年3月にニューヨークで開催されたIAB Tech Lab主催のカンファレンスで、IABの所長が述べた言葉です。その基調講演では、これまでのインターネット広告の常識が崩壊し、新たな仕組みを構築する段階にあるという状況に現在のインターネット広告があることが話されており,まさに「The Great Reset」はその現状を表現する言葉としてぴったりだと私も感じています。

特に今年は、インターネット広告業界にとって非常に大きな転換の年でした。近年ユーザーのプライバシー保護に対する意識の高まりに伴い、3rd Party Cookieやデータ収集に関する規制が厳しくなってきています。インターネット黎明期から20年以上にわたって使用されてきた3rd Party Cookieの仕組みが、今まさに変革の時を迎えています。

3rd Party Cookieを使わずにインターネット広告を成立させるというのは未知のチャレンジであり、その影響は非常に大きなものです。そのため、Google Chrome上での3rd Party Cookieから新しい技術であるPrivacy Sandboxへの移行がもたらす影響を把握する必要があり、エコシステム全体での検証が世界中で行われました。

サイバーエージェントの場合、インターネット広告代理店やアドテクプロダクト、メディア、広告主としても事業を行っているため、3rd Party Cookie廃止の影響を理解することが特に重要です。この観点から、GoogleとCMAが主導する検証に参加しました。

今日は、今回の検証においてどのような課題があったのか、その裏側を効果検証の観点から整理してお伝えしたいと思います。これにより、同様の事象が発生した際の対応策を明確にできればと考えています。

また、効果検証の観点に加え、ユーザーのプライバシーに配慮した広告配信を実現するために、3rd Party Cookieに依存しない世界へと移行する上で乗り越えるべきポイントについてもお話ししたいと思います。

今回は、以上の4つのテーマで進めていきます。

まず、現在のインターネット広告業界がどのような状況にあるのかについて簡単にご説明いたします。その上で、業界全体で行われている検証がどのような目的のもとで進められており、どのような取り組みが行われてきたのかをまとめてお話しします。

また、サイバーエージェントがどのようにこの検証に取り組んできたのか、その裏側についてもお伝えしたいと思います。そして、検証を通して分かったことや今後に向けた課題についても整理していきたいと考えています。

1. インターネット広告業界を取り巻く環境の変化

まずはインターネット広告業界の現状を話していきたいと思います。

インターネット広告業界において、3rd Party Cookieは黎明期から存在し、インターネット広告を成り立たせるための重要な要素となってきました。インターネット広告においては、ユーザーIDが非常に重要であり、各イベントに到達したユーザーを特定し、インターネット上の行動を把握することで、広告の効果を計測したり、リーチ回数を調整したり、特定のユーザーには広告を控えるといった判断が可能となります。また、ターゲティングにおいてもこのIDが重要な役割を果たしてきました。

しかし、近年はプライバシー規制によりネット広告を取り巻く環境が大きく変化しています。データ収集を制限するためのアプローチが、法律的な側面と技術的な機能の両面で積極的に取られるようになっています。

こうした規制の意味するところは、基本的にクロスサイトで個人を特定することを難しくするため、法律や機能の面で制限をかけていくというアプローチが多いという点です。

ここからは、プライバシーを取り巻く環境の変化について、時系列に沿って法律とテクノロジーの観点から簡単に見ていきたいと思います。

法律の観点から見ると、海外ではすでにGDPRやCCPAなどのプライバシー保護法が施行されており、日本でも同様にプライバシーに付随した法律が施行されています。これらの規制は年々厳格化される傾向が見られます。

一方、テクノロジーの面では、SafariやiOSでトラッキングを制限するアプローチがすでに導入されています。他のブラウザでも同様に、トラッキング制限の取り組みが進められており、すべての主要ブラウザがこの方向性を表明しています。

こうした状況に対して、いくつか懸念が挙げられています。例えば、3rd Party Cookieをブロックし、IDに基づいたユースケースの代替手段が用意されない場合、インターネット広告ビジネスを継続することが難しくなるという課題があります。また、中小規模の事業者やパブリッシャーにとっては収益が大幅に減少するリスクがあり、インターネットのエコシステム自体が成長を阻まれる可能性も懸念されています。

さらに、代替手段が用意されないことで、ユーザーにとって「どのようにトラッキングされているか」が見えにくくなる方向性に進む恐れもあり、透明性が欠如する方向に進んでしまうのではないかという懸念も浮上しています。

代替手段を用意していく動きの一つとして,Googleが主導する「Privacy Sandbox Project」があります。「Privacy Sandbox Project」は、ユーザーを尊重し、持続可能でプライバシーに配慮したウェブエコシステムを創造することをミッションに掲げて進められています。特にGoogle Chromeでは、このプロジェクトを通じて、プライバシーを確保しながら広告の効果を維持する新しい仕組みを導入しようとしています。

このPrivacy Sandbox Projectには大きく二つの方針があります。一つ目は、現在の3rd Party Cookieを使ったクロスサイトトラッキングの仕組みをユーザーのプライバシーを保護する新しい機能へと置き換え、最終的には3rd Party Cookieを廃止していくことです。これにより、ユーザーのプライバシーを守りつつ、これまでのような効果的な広告配信を実現できる環境が構築されます。

もう一つの方針は、3rd Party Cookieを使用しない隠れたトラッキングを制限することです。これは、ユーザーの行動を追跡する手段は3rd Party Cookie以外にも存在するため、それらの手段にも制限を加えることでプライバシー保護をさらに強化するというものです。

また、Privacy SandboxはGoogle Chromeだけでなく、Chromiumベースの他のブラウザでも同様の機能を利用することができます。そのため、Chromium上で作られているブラウザにおいても、今後Privacy Sandboxの仕組みが使えるようになり、ウェブ全体でプライバシー保護をしながらも収益性を維持する動きが推進されていくと期待されています。

Privacy Sandboxには、具体的にいくつかの機能があり、必ずしも3rd Party Cookieが広告だけに使われているわけではありません。しかし、広告に関連するものとしては大きく分けて2つのカテゴリに分類できます。

1つ目は、広告表示のために3rd Party Cookieを使い、ユーザー情報をもとにターゲティングする側面を担うAPIです。このAPIは、広告が適切なターゲットに配信されるようにするための役割を果たします。2つ目は、デジタル広告の効果測定に関わるAPIです。例えば、Attribution Reporting APIやPrivate Aggregation APIなどがあり、これらのAPIは広告がどのようにユーザー行動に影響を与えたかを計測することを目的としています。

話した通り、Privacy Sandboxには様々なAPIが用意されており、広告配信を行う際には、自分たちにとって必要なAPIや機能を組み合わせて利用するのが標準的なアプローチとなっています。単一のユースケースだけで広告配信を行うことはまずなく、複数のAPIを組み合わせることで効果的な広告配信を実現していく必要があると考えています。

リターゲティング広告においては、大きく分けて2つの違いがあります。

1つ目はリターゲティングの仕組みです。従来は3rd Party Cookieを使用してリターゲティングが行われていましたが、今後はProtected Audience APIに置き換わります。Protected Audience APIでは、IDを使用するのではなく、ユーザーが広告主のページに訪れた際にブラウザに情報を登録し、その登録情報を広告配信時に取り出して入札する仕組みとなっています。

もう1つは、アトリビューションの計測方法の違いです。Attribution Reporting APIを使用することで、クリックやコンバージョンをブラウザ上で紐づけ、3rd Party Cookieを介さずに計測を行います。クリックやコンバージョンのタイミングでユーザーの訪問を追跡することなく、ブラウザ上でコンバージョンのレポートを生成します。最終的なレポートにはノイズが付与されるため、完全な精度は得られませんが、この点が従来の方法との大きな違いです。

まずはリターゲティング広告の仕組みについて、具体的な処理を通してどのような違いがあるかを確認していきたいと思います。

Protected Audience APIについて簡単に説明する際、まず従来の方法について触れたいと思います。これまで広告事業者は、3rd Party Cookieを使ってユーザーの行動履歴を収集し、それに基づいて広告配信を行ってきました。これは、ユーザーのウェブ上での行動を追跡し、関心に応じた広告を表示するための一般的な手法でした。

一方、Protected Audience APIを用いたアプローチでは、リマーケティングを実現するためにブラウザ内で広告オークションを実行する形になります。これは、ユーザーのデータを外部に送信することなく、オンデバイスで処理を完結させることにより、プライバシーを保護しつつ広告配信を可能にするという点が大きく異なります。

次に、それぞれについてリターゲティング広告を配信するまでの過程をみていきたいと思います。

従来の3rd Party Cookieを用いたリターゲティングでは、広告主のサイトを訪問した際に、サーバーからCookieを付与したレスポンスが返されます。次に、ユーザーが広告配信先のサイトにアクセスすると、同じ広告事業者のタグがサイトに埋め込まれているため、3rd Party Cookieが送信され、これにより同一ユーザーであることが識別されます。その結果、広告配信事業者がどのユーザーに広告を表示するかを判断し、最終的にオークションで落札した広告が表示される仕組みです。

Protected Audience APIの場合は、ユーザーが広告主のサイトを訪れた際に、特定の行動、例えばサイトへの来訪などに基づいて、ブラウザ内に「インタレストグループ」としてユーザーの興味情報が登録されます。次に、ユーザーが別のサイトを訪問した際、ブラウザ内に保存されたインタレストグループ情報を用いて、ブラウザ上で広告オークションが実行されます。このオークションにより、ユーザーの興味に基づいた広告が配信される仕組みになっています。

このように、Protected Audience APIを使用した配信には、3rd Party Cookieを使った配信とは異なり、配信事業者に対してユーザーのIDを送信する必要がないという特徴があります。また、全ての処理がブラウザ上で行われるほか、いくつかの制約も設けられている点がポイントです。基本的に、ターゲティングの難易度を上げるために「k匿名性」を満たすことが求められています。

具体例としては、まずインタレストグループを登録する際、k人以上のユーザーがいなければオンデバイスオークションに参加できない仕組みがあること。また、クリエイティブの選択においてもk匿名性が満たされていなければターゲティングができないといった制約が設けられています。これにより、Protected Audience APIを用いても、ハッキング的にユーザーのIDを特定することができない仕組みになっています。

次に、アトリビューション計測の仕組みについて説明したいと思います。

3rd Party Cookieを使用していた時のアトリビューション計測の仕組みについて説明します。従来は、ユーザーが広告をクリックした際に3rd Party Cookieが広告事業者に送信され、ユーザーがコンバージョンした際にもタグベースで3rd Party Cookieが送信されていました。これにより、広告をクリックしたユーザーとコンバージョンしたユーザーが同一人物であることを特定していました。

この仕組みを通じて、どのユーザーがどのサイトでコンバージョンに貢献したか、またどのクリックがコンバージョンに繋がったかを判別することが可能になっていました。

Privacy Sandboxにおけるアトリビューションの仕組みについて説明いたします。Privacy Sandboxは、ブラウザ上でデータを管理することでユーザーのプライバシーを守りつつ、従来のユースケースを置き換える仕組みです。これによって、広告の効果測定を実現しながらもユーザーのプライバシーを保護をしています。

具体的な処理としては、ユーザーが広告をクリックした際にその情報をブラウザ内に保存し、コンバージョンが発生した際にも同様にコンバージョン情報をブラウザに保存します。その後、ブラウザ内部でクリック情報とコンバージョン情報を突合させ、アトリビューションレポートを生成し、一定の遅延をかけてアドテクベンダーに送信する仕組みです。

この遅延は、クリックやコンバージョンのタイミングに基づきユーザーの行動が特定されないように工夫されたもので、プライバシーを保護するための工夫になっています。

アトリビューション計測には大きく2つの種類があり、1つ目が「イベントレベルレポート」、2つ目が「要約レポート」です。

イベントレベルレポートは、広告のクリックや表示をコンバージョンに関連付けたレポートが行ベースでデータを取得できるのが特徴です。ただし、クリックやコンバージョンに関するデータは粗くなる傾向があり、精度が高くない点も特徴です。また、取得したレポートは暗号化されておらず、そのまま利用できるのも一つの側面です。ノイズの付加については、イベント単位でノイズが加えられるため、この点が要約レポートとの違いになります。

要約レポートは、ある期間内に集計されたレポートを生成するための機能です。イベントレベルレポートよりもクリック,コンバージョンの情報を柔軟に扱えるのが特徴です。ただし、要約レポートを作成するには「Aggregation Service」という特殊なサーバーを経由する必要があり、この点がイベントレベルレポートとの大きな違いです。また、要約レポートにはノイズが加えられる仕組みも、イベントレベルレポートとは異なり,集約したデータにノイズを加えるようになっています。

要約レポートにおける計測フローについては、先ほどのアトリビューションレポーティングAPIの説明に加えて、もう少し補足したいと思います。

先ほど、Attribution Reporting APIについてクリックとコンバージョンを紐づけてアトリビューションデータを作成し、広告事業者に遅延して送信する仕組みについてお話ししましたが、送信の際にはデータを暗号化し、遅延させて広告事業者に送ります。

そのため、広告事業者自身がアトリビューションデータを直接閲覧することはできません。アトリビューションレポートを作成する際には、「秘匿なサーバー」という特殊なサーバーを介して処理が行われ、コンバージョンレポートの生成が可能になります。

最終的には、この秘匿なサーバー内でノイズが加えられたレポートが作成され、広告事業者が取得できるのはノイズが付与されたレポートのみです。この点が従来のアトリビューション計測との違いとなっています。

ここまでは、Protected Audience APIやAttribution Reporting APIの仕組みについて説明してきました。これだけを見ると、3rd Party Cookieが担っていたユースケースは満たされているように見えますが、3rd Party Cookieを廃止するためには、単に機能が存在するだけでは十分ではありません。重要なのは、3rd Party Cookieを使わなくても代替手段を用いることで広告効果が維持され、メディアの収益を確保できるかという点です。

この課題に対しては、単に機能を提供するだけでは解決できないため、実際の影響の大きさを定量的に測定する必要があります。そのため、Googleは影響を自社だけで評価するのではなく、英国の競争市場庁(CMA)と協力して、3rd Party Cookieのアクセスをデフォルトで制限する環境を設定し、その環境でアドテク企業に検証配信を行ってもらうというアプローチを採用しました。CMAは、この制限環境でのテスト結果を定量的に評価し、それを包括的に確認することで、問題がないかどうかを判断しながら、3rd Party Cookieを段階的に廃止していくという方針をとっています。

 

2. 業界全体での検証

ここまでは、インターネット広告業界におけるGoogle Chromeとその周辺環境についてお話ししてきましたが、ここからは業界全体で行われた検証について詳しくお話ししたいと思います。

先ほど、英国のCMAが評価に関与しているとお伝えしましたが、CMAが何がしたいかをもう少し詳しく説明します。CMAは、Privacy Sandboxの導入や3rd Party Cookieの廃止が広告主やパブリッシャーにどのような影響を与えるかを実験を通じて調査することを目指しています。これにより、Privacy Sandboxが業界に及ぼす実際の影響を把握しようとしているのです。

その際に、広告主やパブリッシャーに関係する指標が、3rd Party Cookie廃止の影響をどのように受けるかを定量的に測定しようとしていました。

これは、3rd Party CookieをPrivacy Sandboxの機能や代替ソリューションに置き換えた場合に、パフォーマンスがどの程度変化するかを知りたいということです。具体的に、パフォーマンスの変化を定量化するためには、「クッキーありの世界線のパフォーマンス」と「クッキーがなくPrivacy Sandbox APIがある世界線のパフォーマンス」を比較することで、定量的に評価することが可能です。

ただし、これらを同時に観測することはできないため、何らかの枠組みを用いる必要があります。

ここで簡単に考えられる方法としては、同時に観測することができず反実仮想の世界観が成り立たないため、ブラウザでユーザーをランダムに「クッキーありの世界線」と「クッキーなしかつPrivacy Sandbox APIが使用できる世界線」に振り分け、各ユーザー群の平均パフォーマンスの差を測定することで、パフォーマンスを評価することができます。

最終的には、ブラウザがユーザーごとに「クッキーあり」か「クッキーなし」を割り当て、その集計データを比較することでパフォーマンスを測定できるようになっています。このような操作によって、パフォーマンスの評価が可能となります。

パフォーマンスの変化とは何かをまとめると、「クッキーありの環境でのパフォーマンス」と「クッキーなしでPrivacy Sandboxのみを使用した環境でのパフォーマンス」に差があるかという問いに帰着します。

また、これが検証可能かどうかについてですが、先ほど述べたように、ブラウザがユーザーをランダムに振り分ける仕組みがあれば検証できると考えられます。この検証を可能にするために、Chromeはテストを支援する仕組みを整えています。

具体的には、テストのためにMode AとMode Bという2つのモードが用意されています。Mode Aでは、ブラウザがユーザーにランダムにラベルを付与し、一部のユーザーについては3rd Party Cookieの利用を制限するアプローチを取ります。

Mode Aのもう一つの特徴として、3rd Party Cookie自体は利用可能ですが、「コントロール」というラベルが付けられたユーザーには3rd Party Cookieを使用せずに広告配信を行うという方法で、パフォーマンスを測定します。つまり、ラベルによってCookieの使用を制御し、Cookieを使わない場合の影響を比較するアプローチです。

Mode Bでは、実際に3rd Party Cookieを完全に消去し、その状態でどのような検証が可能かを確認するアプローチが取られます。

CMAが提供するガイドラインやChromeが用意する環境に沿ってユーザーを適切に振り分けることで、検証は可能になるため,検証を行うことはそこまで難しくないのではないかと当初考えていました。

 

3. 実際に行った検証

 

ここからは、私たちが実際にどのような検証を行ってきたか、サイバーエージェントのPrivacy Sandboxへの取り組みについて詳しくお話ししたいと思います。

まず、サイバーエージェントは、Googleが提唱する「ユーザーのプライバシー保護と広告効果の両立」に賛同し、Google Chromeチームと密に連携しながら、Privacy Sandboxの機能改善に向けた議論やPrivacy Sandbox対応した広告配信のための開発を行ってきました。

今回のテストへの取り組みである3rd Party Cookieの廃止による影響を把握するための「Privacy Sandbox Marketing Testing Grants」に参加し、実際にテストを実施しました。その結果をCMAにフィードバックし、3rd Party Cookie廃止の影響を評価に貢献しました。

サイバーエージェントではリターゲティングプロダクトである「Dynalyst」にてテストを行いました。Dynalystはアプリやサイトのリターゲティング広告を配信するDSPプロダクトです。リターゲティング広告ではクロスサイトでのトラッキングが必要となるため、3rd Party Cookieを使用した場合とPrivacy Sandboxを使用した場合を比較することで、検証を行うことが重要です。

最初は、CMAのガイドラインに従ってラベルでユーザーを振り分ければスムーズに進むと考えていましたが、実際にテストを行うと当初思っていたよりも難しい点があったと実感しました。さまざまなDSPやSSPの声明を確認したところ、テストにはバイアスが多く、評価が難しいという声が上がっていたことから、当初のガイドラインやラベル設定に幾らかの問題があったことが分かります。実際にやってみると、我々が当初想定していた以上にテストが難しいことがわかりました。

Dynalystでのテストにおいて特に困難だった点は大きく4つありました。それは、入札するSSPに関連する問題、予算配分とペーシング、そして原価率に関する問題です。特に深刻だったのは、Protected Audience APIで入札できるSSPが限られており、3rd Party Cookieを使用して配信可能なSSPの一部しかProtected Audience APIに対応していない点です。

これは、入札するSSPが揃っていないことを意味しており、その結果、ユーザーごとの入札機会が異なるため、フリーコン、ペーシング、予算割当てでトリートメントとコントロールに偏りが生じ、何も評価できないのではないかという懸念がありました。

この問題に対しては、入札するSSPをトリートメントとコントロールで揃えることで対処しました。

次に予算割当てですが、これはユーザーに割り当てられるラベルの比率に合わせて予算を割り当てることで、実験として妥当なものになると考えました。もし比率がずれてしまうと、各ユーザーの価値が異なる形になってしまうため、予算割当の比率をラベルの比率に揃えるようにしました。

ペーシングについては、Privacy Sandboxを活用した配信においてペーシング機能が不足していることが課題でした。これに対処するため、Privacy Sandboxでの配信と3rd Party Cookieでの配信を同じように設定し、3rd Party Cookie配信でもペーシング機能を使わないようにしました。さらに、Privacy Sandboxにおいても日ごとの予算割当機能を使用することで、双方でペーシングに差が出ないようにしました。

最後にマージンの問題についてですが、DSPは慈善事業ではなく、広告主から預かった予算にマージンをつけて収益化するビジネスモデルです。しかし、Privacy Sandboxにおいてマージンをどのように設定するかが明確ではないため、トリートメントとコントロールでマージンの比率を揃える対策を取りました。

 

4. 分かったことと今後に向けての課題

 

ここまで、サイバーエージェントが実際に行った取り組みや、その裏側で直面した課題と対策についてお話ししました。ここからは、今回の検証を通して分かったことや、今後プライバシーに配慮した広告配信を実現していくための課題について整理してお伝えしたいと思います。

今回の検証から得られた知見として、私たちは3rd Party Cookieの廃止に賛同しているものの、現段階での廃止は問題が生じる可能性があると感じています。

機能面では、レスポンスタイムや請求処理の問題があることが確認されました。また、今回の実験において、広告主が望むコンバージョンの評価には、配信ボリュームが1%のトラフィックのみでは不十分で、広告効果の評価が難しかったという課題もありました。さらに、Privacy Sandboxの配信に関しては、法務面からの懸念も広告主から指摘されています。

こうした私たちや他のアドテックプレイヤーからのフィードバックを受け、CMAとChromeチームとの協議の結果、3rd Party Cookieの廃止が見直され、制限に向けたアプローチが変更されました。具体的には、ユーザーが3rd Party Cookieの利用を選択できる形にするという変更が発表されています。

今回の検証における課題を整理すると、まずDSPがどの指標を用いて実装すべきかが明確でなかったことが挙げられます。さらに、反実仮想の設定が難しく、配信の仕方や実験方法に工夫が求められ、評価の難しさが浮き彫りになりました。

また、本番環境とは異なる実験的な環境でPrivacy SandboxをテストするSSPもあり、実験的な環境でPrivacy SandboxをテストするSSPと本番環境でPrivacy Sandboxを実際に稼働させているSSPが混在していました。そのため、実験設定を慎重に調整する必要がありましたが、こうした点は当初のガイドラインには含まれていませんでした。この経験から、検証を成功させるためには、ガイドラインをより明確かつ詳細に設定する必要があったと私たちは考えています。

さらに、DSPとSSP、あるいはDSP同士やSSP同士の間での議論の場が必要だったと感じています。こうした場を設けることで、各プレイヤー間での検証環境の違いが生じることを防げたのではないかと考えています。ここからは、実際の配信を通じて私たちが直面している課題についてお話しします。3rd Party Cookieから脱却し、Privacy Sandboxを適用するにあたっては、大きく2つの軸で課題があると考えています。

まず1つ目の課題は、現状ではアドテク事業者だけでの取り組みに留まっている点です。これだけでは広告主やパブリッシャーが感じる課題が十分に解決されているかが不明確な部分があると感じています。もう1つは法務面の課題です。Privacy Sandbox APIを活用した配信に移行するにあたり、従来は3rd Party CookieやIDをベースに法務面が整理されてきましたが、今後はブラウザ上でデータが管理されることから、新たな法的見解や整理が必要になるのではないかと考えています。

では、ここでまとめに入ります。今回は、インターネット広告業界で行われた3rd Party Cookie廃止の影響を減少させる取り組みに、私たちが参加した際の裏側について整理してお話ししました。

また、ユーザーのプライバシーに配慮した広告配信を実現するにあたり、どのような課題に向き合う必要があるかという点も整理しました。

最後になりますが、現在の状況は「The Great Reset」と言われるように、新しい仕組みを構築していく必要がある段階です。今後についてはさまざまな意見があり、中小規模な事業者ではマネタイズが難しくなるという声や、広告効果が必ず下がるのではないかという予測も大きく取り沙汰されています。

このような状況に陥らないためには、技術的な取り組みとしてのイノベーションも当然ですが、業界全体で手を取り合って進めるべきフェーズにあると考えています。

インターネット広告は当社の出発点であり、インターネット広告の未来はサイバーエージェントが負うべき使命だと考えています。また、課題に真摯に向き合っていくことで今後の見通しが厳しいとされているインターネット広告業界の閉塞感を打破していきたいと考えています。

最後になりますが、ユーザーのプライバシーに配慮した広告配信を実現するには、多くのプレイヤーの協力が不可欠だと考えています。私たちだけでは達成できない側面があるため、広告主やパブリッシャー、計測ツールの提供者、法務部門など、さまざまな分野の協力が必要だと思っています。多くのプレイヤーの協力体制が整うことで,プライバシーに配慮した広告配信の世界に移行できると感じています

今回の発表に共感してくださった方や興味をお持ちいただいた方には、プライバシーラボやDynalystのPrivacy Sandboxに関する窓口を設けていますので、ぜひご連絡ください。

ご清聴ありがとうございました。