ここでは、2023年6月28日、29日(筆者登壇日)に開催された CyberAgent Developer Conference のエキスパートセッションから、登壇内容を自動文字起こしをベースに加筆修正してお届けいたします。
内容紹介
動画品質の向上とそのハンドリング能力の向上、さらには時代に適合したオペレーションスキームへの移行(DX)はセットのものです。担当領域や組織ごとに異なる思考&志向特性・技術&人材スタックを視野に入れた上で、ABEMAというサービスを品質面から継続的に進化させるには、綿密な計画と事前検証、ドラスティックな判断と継続的な対話が必要でした。2022年という極めて重要なタイミングまでに何を重視し、あるいは何を捨てて現在に至ったのか。品質向上戦略とメディア・アセット・マネージメント(Media Asset Management = MAMと略す) 体系拡張の観点から現在の到達点を明らかにし、次の三年間の進化構想をお伝えします。
御池 崇史 Oike Takafumi
クオリティコントロールスペシャリスト/ビジョナリーエンジニア
2016年夏ABEMAに参加。動画・音声のスペシャリストとして関連サービス含めた品質限界の突破を仕掛ける。フルクラウド動画運用構想をもとに多部署多拠点へのMedia Asset Managment体系の普及を進めている。猫と車と音楽と映画そしてサッカーをこよなく愛する。
はじめに
よろしくお願い申し上げます。 御池と申します。
本セッションは、ABEMA の開発本部所属のエンジニアにより、 動画サービスとしての品質面の進化に関するアプローチを紹介しつつ、動画を取り扱うシステムやスキームについても今後のビジョンを示していくセッションとなります。
序論では、開発から仕掛ける構造改革の面白さについて触れます。ついで、品質向上戦略の立案から実務レイヤーへの技術リテラシー、運用スキームの定着までを、Media Asset Management という言葉を軸にお伝えしていきます。さらに、メディア事業全体の成長を見据えて、Developer Expertとしてどのようなスタンスを取るかについても言及していこうと思います。
章立てとしては以下のようになっています。
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序論:開発から仕掛ける構造改革の面白さ = Thrill
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品質向上戦略の立案 = MAQS
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Media Asset Management の進化と未来予想図 = MAM
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ABEMA周辺事業の成長を踏まえて見えてくるもの = Conglomerate
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Developer Expert としての今後の動き = Cycle
それでは早速行ってみましょう!
第一章 : 序論・開発から仕掛ける構造改革の面白さ = Thrill
まずは、アイスブレイク的に、開発から仕掛ける構造改革の面白さについて触れていきます。
Why? なぜエンジニア領域からのアプローチをとるのか
私のような動画領域の人間が、なぜにエンジニア組織からのアプローチを取るのか。
エンジニア側にいなければはかどらないことの筆頭に、 アーキテクチャへの理解があります。
もちろん、すべての技術コンポーネントを深く理解しろという意味ではなく、 メディアハンドリングシステムとしての特徴を押さえるだけでも意義があります。特に動画の入りから出までを網羅する経路を、人の在り方も踏まえた仕組み、としてとらえることが重要です。私も元来はクリエイターであるためかえって断言できるのですが、己の担当領域以外にも視野を広げて内外の限定要因を克服しなければ、最終的なアウトプットの高品質化など狙いようもないのです。
また、品質拡張の提案をするにしても、それがビジネス戦略や開発戦略と同期していなければなりません。有限の開発リソースをいかに品質向上のために当てるかという戦いでもあります。言うまでもないことですが、ABEMAは動画配信サービスであり、 構成技術もその特徴を踏まえたものになっています。プロダクト的な意味でも、技術的な意味でも、 IT技術を基幹としたテレビの再発明としての特徴を外さずにアプローチする必要があります。
とはいえ既存ソリューションを全否定するのではなく、従来型オンプレシステムの特性を把握したうえで、意義ある部分でクラウドソリューションに力点を移していくことで、従来型スキームでは実現不可能であった各種の高度化が可能になります。クラウドソリューションに対する期待値が過剰であっても過少であってもいけません。実用レベルで使える・使えないの判断、オンプレ責務・クラウド責務の線引き、自社開発範囲とベンダー活用の割合の判断など諸々の分界点がありますが、それら線引きに対しても時代適合を視野にダイナミクスをもたらすことがより重要となります。
品質に関する新コンセプトの運用定着を進めるにも、組織構造や人材特性をつかんで俯瞰視座からアプローチする必要があり、 開発側にいる優位性が存在します。これはあらゆる業種・業界で共通の事と思われますが、現場は”べき論”だけでは動きません。現状の問題解決ニーズを満たしたうえで、未来に希望を持てる水準の解決法の提供を通してのみ、スキームを更新していくことができます。様々なステークホルダーと対話していくうえで、コミュニケーション能力も高めていかねばなりません。
What? 開発の目的は何か?
開発の目的は何か。こちらも品質軸からの見解を述べます。
サービス開始当初と比べ、暗黙の裡に要求される機能水準、品質水準、 共に大きく変化してきています。国際的スポーツ案件などをやりきった結果、 ABEMAの品質に関する社会的認知も進みましたし、ビジネス・制作サイドなどからの内発的要求だけでなく、 ユーザーから期待される当然の品質水準も高くなっていきます。
また動画オペレーションの面では、コロナ禍に象徴されるように、予想だにしなかった社会情勢の変化に対して適切に対応できたかどうかも問われてきます。
そして当たり前の話ですが、内容、仕組みともに、 常に進化を続けなければ競争力を保持できないということは、変化の早いメディア業界においては特に顕著に意識されます。テレビの再発明としても、あるいは競合OTTとしのぎを削っていく上でも、品質面における競争力の保持が重要なファクターとなります。
Where? ABEMAはどこに?
少し切り口を変えてみましょう。
所在地や業界におけるポジションは、いうまでもなく非常に大事です。現在はエンジニアに限らず様々な業務がリモートワーク主体で成立する時代ですが、それを踏まえたとしても、拠点は重要です。渋谷という日本を代表するクリエイティブな立地、 IT企業の集中エリアにおいて、メディア事業を展開するということに大きな意義を感じていたりもします。
動画サービスとしては、まずもってインターネットとつながる場所なら広範に利用可能です。
時間・場所からの開放というメッセージは早い段階からアピールされていますが、まさに時代にマッチした動画の消費形態となります。
また収益構造としても、広告収益を軸とした基本無料のフリーミアムという独自のポジショニングをとっています。これが他のOTTとは一線を画すプロダクトの構造を導いています。
When? 完成形に至るのはいつか?
これはなかなかない切り口かもしれませんね。完成形について、エンジニア目線からあえて言及してみましょう。
完成形に明確な定義はない
展開戦略に応じて柔軟なフォームをとる構え
プロダクトとしての本質をぶらさず進化を続けることが強みになる
といったように、ポジティブな意味で未完成であることの強みが確実にあると言えると思います。
長く開発に携わっていると、だんだんとわかってくることがあります。それは、大きなビジョンさえ提供されていれば、完成形はむしろ厳密に定義される必要はなく、進化、変化し続けることが重要であるということです。プロダクトとしての在り方、アーキテクチャ、品質水準、運用体制、いずれの切り口をとっても、変化に対して柔軟にリフォーメーションできる構造体であることに強みがあると思います。これは、レガシーメディアにはない強みとなっていると思います。
How? いかにしてクオリティの進化を導くか。
半ば強引にですけれども、How? の文脈から本題に入っていきます。
技術論・人材論・運用論あるいは精神論も交えながら、クオリティ面の進化を導く様々なアプローチについて言及していきたいと思います。
第二章 : 品質向上戦略の立案
MAQS = Media Asset Quality Strategists とは?
ABEMA Developer Conference2023でも紹介がありましたが、Media Asset Quality Strategists (略してMAQS=マックス)という品質戦略を担う職能横断型の組織が存在します。
制作品質、マスタリング品質、配信品質、再生品質など、番組制作から配信に至る経路を一気通貫した職能スカッドとなっています。ここで様々な切り口から検討を重ね、事前検証を済ませ、品質的ブレイクスルーをタイミング良く提供するということを目的としています。
メンバー構成としてはこのようになっています。各領域から有力なメンバーが参加しています。
配信技術領域からは 山中勇成 さん
番組制作技術領域からは 田中 優貴 さん
メタデータとMAM領域からは 中澤 優一郎 さん
再生にまつわる動画技術領域からは 五藤 佑典 さん
に参加いただいています。(※Wカップ後に新メンバー参加)それぞれ専門性が高いだけでなく、クロスオーバー領域に対して適切に踏み込める能力を備えたメンバー構成となっています。NAB Show や IBCといった業界を牽引する海外カンファレンス等にもこのメンバーで参加するケースが多くなっています。
MAQS(通称:マックス)の動き方
スペシャリスト合議体として、まずは既存課題の克服を踏まえつつ、未達要素について実現性を加味した先行検証を実施し、戦略立案につなげていきます。制作の現場で出来ることは何なのか、中間伝送経路でどのような処理をするべきか、オンデマンドとライブの品質水準をどのように揃えるのか、再生における広範なカバレッジを担保するにはどのようは品質ラダーを組むべきかなど、論点は多岐にわたります。さらに通信・インターネット環境における外部環境の変化や内外の放送技術の動向、エンターテイメント消費空間の変容なども視野に入れ、長期的な競争力を保持するうえで、張るべきところ・捨てるところなどを検討していくわけですね。
こと動画品質については知覚に基づく感動体験そのものであるため、技術関係者だけでなく、経営層へのコンテンツベースでのプレゼンテーションを重視します。効果的な内容の選定、新規に推奨したい技術仕様の盛り込み、意義についての納得感の醸成などを考慮すると、その準備はなかなかに骨の折れる作業となります。MAQSとしては、全経路網羅したうえで最終的にユーザーに届く品質を示すことを重視しているため、デモとは言え正規のプロセスを経た結果を、さらに様々な文脈に乗せて説明する必要もあり、メンバーだけでなくCTOはじめ各方面の協力があって初めて実施可能なものとなっています。
新機軸の実務への適用フェーズにおいてもこのメンバーを主体に具体的なアクションを仕掛けて行きます。昨年末には、この枠組みを通じて、世界最大規模の案件でスポーツ最適化・高品質化という実効性ある成果を出しました。地上波との連携を踏まえた上でも、配信サービスとしては品質限界を大きく引き上げた結果となり、このブレイクスルーにより次の一手に関する展望も開けてきました。
現在は、より中長期的な技術戦略を生み出す基盤として、より総合的なガイドラインの作成などを本格化させているところです。
動画品質におけるABEMAのの長所・短所の把握
ここで改めて、ABEMAの動画品質・機能特性における長所・短所を押さえてみましょう。
強みについては多数ありますが、動画クオリティの観点から特徴的だと思われる要素を抽出してみました。
ライブや納品をシームレスに編成できる上に、オンデマンド機能やペイパービュー機能も備えています。
柔軟な広告挿入ができますし、ターゲティングも可能であるという構造になっています。
ABEMAオリジナルコンテンツも多数制作しています。自社媒体だけでなく多媒体展開を企図している作品もあり、特徴あるコンテンツ群を自社の権利において保有可能となっています。
動画の受け入れに関しては動画仕様の多様性を積極的に許容することができます。フレームレートや解像度など、入稿フォーマットの多様性を前提にシステム等を組み上げているため、結果としてCPの保有動画資産に応じた対応、要求を担保できる構えになっています。入稿規定などもこれらを見越したものとしてアップデートを仕掛けてきました。
長年の懸案であったLive配信の品質については先述のとおり向上を果たしつつ、今後はさらに案件特性ごとの最適化が可能になっていくといった付加価値向上のスコープも出てきています。
総じて、プラットフォーマーかつコンテンツプロバイダーであること、テレビの再発明を目指しつつも構造的には紛れもないOTTであることの強みが多数存在すると考えています。補足ですが、OTTとはOver The Topの略語であり、インターネット動画配信事業を捉える上で重要な表現となっています。後述しますが、私はさらにここにもう一つの意味を見出しています。
次に弱みというよりですね、乗り越えるべき課題について述べます。こちらも動画ハンドリングの視点から抽出しています。
開局当初に設定されたH.264ありきのライトウェイト志向の入稿規定がそろそろ限界を提示始めました。
H.264自体は優れた特性を持ちますが、本来はメザニンまたはプロキシ用途で用いるべきであり、品質を最適化するためのマスターとしては不足のある結果に収束しがちです。やはり品質を追う上では、H.264ではなくXAVCやProRes422といったプロダクションユースのフォーマットを軸にしていく必要があります。これは先々の新要素取り込みの上でも必要な措置です。基軸フォーマット面での妥協は結果として自分たちを苦しめることになるため、明確な意図をもって推進していく必要があります。
機能リリースに合わせたスキーム整備も課題です。動画を配信するまでにも様々なオペレーションを経ますし、クリエイティブ連動など様々な意図・工夫をもって編成構築されユーザーに届いていきます。用途目的に応じて違う仕様の動画を準備する必要もあり、機能リリースのタイミングまでに各種の品質前提を整えつつ、それを支える運用体制も並行して整備していかねばなりません。定常案件の品質安定は言うに及ばず、勝負どころで望ましい結果を得るためには、そもそもの業務設計・システム設計においてスケーラブルな対応力を持ちうるものにしておかねばなりません。
広範な動画流入経路に起因する品質統制の難しさも考慮しなければなりません。様々な部署が自律稼働する組織的柔軟性を受けた対策も必要であり、さまざまなコミュニケーションパスを通じて情報を収集しておく必要もあります。
これらは、弱みというよりもダイナミックなビジネス展開に応じた前提の整備をいかにタイムリーに実現するかの問題であり、エンジニアとしても先を見て先手を打てるかどうかが肝になります。細かい個別対応に終始して部分最適化に堕するのではなく、より包括的な視座から品質ポテンシャル・ハンドリング能力を上げていくアプローチが必要とされるでしょう。
弱みは克服すれば大きな強みに変わります。どこまでポテンシャルを引き出せるかが勝負となります。
OTT = Over The TOP 限界を超えて
OTTという言葉から限界を超えてという意味を抽出することもできます。先ほど申し上げた通りのもう一つの意味ですね、まさに本日のキーワードとなっていきます。
ここからは細かい図になりますが、ユーザーに届く配信ストリームの構造の例を示していきます。
ABEMAで流れる動画は様々な経路から流入しており、各種機能セグメントに分かれています。例えば生配信ストリームであったり、納品ファイル(コンテンツ)の事前トランスコードストリームであったり、本編の特定位置に対してServer Side Ad Insertionにより納品系統からの広告ストリームが入ってきたりとなかなか複雑です。細かく言えばもっと多様な経路が存在します。これらの動画の運用体制も独立したものとなっており、ディスクリートな流入経路をいかに把握し適正な品質水準に導いていくかが肝となります。
このような構造を踏まえて、品質向上に向けたこれまでのアプローチを段階を追って示していきます。
開局当初のABEMAの品質構成は、残念ながら以下の図のようにBC級以下に収束するものでした。
品質構成・第1フェーズ(2016~)
これは本来の品質限界を引き出せていなかった時代のものとなります。配信システムだけを見れば品質面で上を目指せる余地もあったのですが、オペレーション上は立上げ期のカオスの只中にありました。
この段階ではまずは品質救済策としてオンプレに小規模な動画自動変換システムが投入されたものの、あくまで動画処理だけにフォーカスしたものであり、変換性能・拡張性・メンテナンス性・可観測性・経路追跡能力・統計取得能力・多部署連携能力・スキーム誘導能力のいずれもが不十分であったため、後述するクラウドベースでのMedia Asset Management体系構築のような改革の旗印とはなりえませんでした。
僕としてもこの時期は配信セッティング側の課題ありきで取り組んでいたこともあり、運用レイヤーでの対応こそは鍵と認識しつつも、まずは”打ち手を模索するタイミング”と割り切っていました。ただし、悪いことばかりではなく、先々に劇的に向上しうる要素がそろっており、むしろ好ましくとらえていたことも事実です。なぜならば、全てが仕上がって固定スキーム化した業界では成し得ないことを、新機軸を持ち込むことで成し遂げられる可能性があるからです。また、インターネットという立脚点から立ち上がったサービスとして、すでにいくつもの独自性を備えていました。例えば”テープメディアでの入稿を許容しない”というものが挙げられるでしょう。ちょうど放送業界での磁気テープ(リニア記録媒体)の役割が終わりつつあり、ノンリニア編集・デジタルデータダイレクト処理への移行が劇的に進みつつあった時期(動画業界全体で見れば遅すぎる変化ではあるが)でもあり、これは間違いなく大英断であったと評価できるでしょう。この判断によって入稿されるデジタルデータの多様性にも直面することになるのですが、これはOTTがクオリティー面の競争力を保持する上で絶対に必要な要素の一つであるため、この特徴を保全しつつハンドリング能力を高めていくことに全力を注ぐことにしました。
(注意)
※図表においては現在起点の品質アッパーを比較参照する意味で4K/HDRまで記載しています。誌面の都合上、広色域までは記載していません。
※この段階では試験放送を除き放送波による4K放送などは始まっていません。本放送は2019年末から。
品質構成・第2フェーズ(2019~)
これに対して、動画運用スタイルそのものを見直す開発に着手したのが2018年、本運用の開始が2019年となり、これを第2フェーズと置いています。次の章で言及しますが、クラウドを軸としたMedia Asset Managementシステム・体系の構築により、入稿素材のポテンシャルに応じて品質が安定する流れが作れました。まずはコンテンツ本編に対して大掛かりな自動QC-自動マスタリング処理を講じることを優先しました。広告部署・番宣部署に対してもMAMからの派生機能をツール化して提供しており、品質面での統制が容易になりました。まずは納品系統に関して、かなりの程度の品質の安定化がもたらされた段階と解釈してよいでしょう。
並行してフルクラウド動画運用構想と銘打って、動画というヘビーデータをクラウド完結でハンドリングするための環境構築を推進していった結果、徐々にシステムとしてのMAMという以上にスキームとしてのMAMの波及が進むに至っています。
ただしこの段階ではまだライブ配信の品質に大きな課題を残しており、品質ブランディングの観点からも、納品物でさらに機能拡張していくより、ライブ配信の品質を納品系統と遜色ないレベルに導くことの方がユーザーメリットが大きいと認識しながらも、なかなか抜本的な改革を仕掛けられない状態でした。
このような中、MAQSが立ち上がり、品質面での改革を仕掛けやすい前提が整いました。
品質構成・第3フェーズ(2022~)
2022年冬の大規模案件においては、MAQS戦略を踏まえた攻めの対応の結果、スポット的ではありますが、主要動画における品質水準を高いところで揃えることに成功しました。アダプティブビットレートの挙動により、通信環境・再生環境によっては取得品質のばらつきはあるものの、品質の上限は揃っていたということになります。
この品質的上昇を固定化するために、現在、入稿規定刷新プロジェクトを走らせています。2024年度までには、コンテンツ・CM問わず、一通り新しい規定が出揃っていく予定です。また、生放送に関しても制作・収録仕様を多様化する意思を盛り込んだ新しい準備構想が立ち上がっています。
実は、比較的早い段階(2018~)から、ABEMAオリジナルドラマにおいては4K制作を開始しています。この辺りは先行投資における制作側の慧眼に感服する次第ですが、配信システムの初期想定を超えるスペックとなることや利活用方針に関して未確定の部分があることから、現段階では限定的な仕様に制限しています。具体的にはHDRや広色域での制作を現段階では禁じているという意味になります。
直近のテレビ業界では4K制作は下火という話も出ていますが、既存スキームにおける短期的な限界について言及されているにすぎません。放送の高度化(要するに地デジ4K対応)なども構想されているわけですから、現今の状況だけを理由に打ち手を違うことがあってはなりません。ABEMAはあくまでもTVの再発明かつOTTである点を意識しつつ備える必要があります。
いずれにせよ国際的大規模案件のインジェストに関しては、4K/HDR/広色域データを受信できる時代になってきています。制作・収録システムの更新なども、この点を視野に入れたものとして進んでいくでしょう。
このような大規模案件においては、バンパーやオープニングシーケンスなどの関連動画も存在します。これらはすでに4K/HDRからの派生物となっています。自分たちがどの水準を選ぶかは別として、素材として当たり前に存在するので、ハンドリング能力は当然のように備えておかなければなりません。
CMもコンテンツ
これは伝聞になりますが、開局当初に社長がおっしゃったという言葉です。
かなりのパワーワードとして機能しており、広告の現場含め品質に対する意識が維持できているのは、この言葉のおかげでもあると捉えています。
広告もまた配信品質の限界突破を受けて広告入稿規定に関しても刷新プロジェクトを走らせています。
先述の通り、開局以来、広告の入稿規定はMP4(H.264)を主体とするものであり、広告規定もこの影響下にありました。これはインターネット上での取り回しが楽な分、品質のばらつきが大きく限界性能の低いものに収束しがちです。あくまで中間ファイルであってマスター品質には程遠いわけです。
このMP4による規定を品質レベルCと規定し、上位フォーマット、品質レベルA・Bの受入れを開始する準備に入っています。
地上波やBSで運用されている放送局向けのCM搬入規定も受入れ可能にし、さらに上位のフォーマットも受入れ可能として行く見込みです。コンテンツ本編に対する品質追従を重視するうえでも外せない措置となるため、関係者の皆様どうぞよろしくお願いします。
外部環境の把握とCODEC戦略への反映
CODECとはコーデックと読みます。あらゆるデジタル動画はCODECをベースにエンコードされており、再生端末でデコードされることでユーザーの目に見えるものとして再現されます。デジタル音声に関しても同様です。
動画を扱う上での基幹技術としてだけでなく、未来を占う上での手掛かりとしてもCODEC進化動向にフォーカスすることで見えてくるものがあります。品質とはいうなればサービスの総合力であり、CODEC論だけで成立するものではないですが、かなり支配的な要素につき重視するものとなります。ユーザーにリーチする品質の高いサービスはやはり相応の技術力を備えていますし、外資系メガベンダーなどは明確な意図をもって業界の基軸CODEC刷新までもリードしており、このような背景の中でABEMAもポジショニングを考えていく必要があります。
これまで多くのOTTサービスが、H.264を主体とする配信セッティングを取ってきました。デファクトスタンダードとして今後もまだまだ使われていくものですが、時間の推移とともに圧縮効率や機能面での優位性について苦しくなってくるのは明白であり、今後のリニューアルポイントとなっていくでしょう。すでに巨大動画サービスにおいてはH.264に完全依存した配信からは脱却が進んでおり、コスト・品質のリバランシングが推進されています。
送出の仕組みが違うために直接競合するわけではありませんが、品質的優位性の側面から放送波におけるCODEC更新も無視するわけにはいきません。過去には放送とインターネット配信は別のものであると捉えられてきましたが、状況が変わってきています。品質面だけでなく利便性や社会インフラとしての観点からも、ヨーロッパにおけるDVB-iやアメリカにおけるATSC3.0の動きに見られるように、放送と配信を一体のものと捉え仕様に組み込んでいく動きも視野に入れておく必要があります。
ABEMAにとっての品質競合をどこと捉えるか議論の余地はありますが、放送波、OTT、いずれを競合と見立てた場合でも長期的な競争力の確保は必要です。ことLIVE配信に注力するABEMAとしては、中間伝送経路やマスタリングにおいても、各種のCODECの利活用を前提に視野を広げていく必要があるでしょう。
時宜を得たABEMA独自の品質戦略の展開
外部環境の変化も含めた各種の前提を踏まえた上で、ABEMAはいかに品質戦略を展開していくべきでしょうか。
動画である以上、まずは仕様があり、品質はこの限界の範囲内で規定されます。
さらに、プロダクトとしての機能実現要求があり、それらを運用面から支えるスキーム構築までを含め、実現性のある品質構想を狙わなければなりません。
ユーザー体験を向上させる要素を部分的に抽出するだけでも、多彩な品質・機能バリエーションが実現可能であることが見て取れます。同時に、ユーザー特性、プロダクト特性、ビジネス戦略、制作技術の動向など、さまざまな前提を視野に入れて選択的に拡張・運用していく必要があります。どんなコンテンツにどんな構成を提供するのか、品質・コストのバランスは適正か、製作意図を限界まで引き出しているか、ユーザーの潜在的ニーズを的確に捉えているか、など考慮すべき点は多岐にわたります。
とはいえ、目的はシンプルです。クライアント目線に立てば、ABEMAで配信したい理由を作ること、ユーザー目線に立てば、ABEMAで見たい理由を作ること、それらを品質面から実現していくのがMAQSのミッションとなるわけです。
何よりも動画視聴体験とは感動体験であるという、本質に立ち返った視座を持ち続けることが重要です。
そのような視点から生まれてきたものが、2022年の新品質構成・スポーツ最適化です。
Striker、Defenderという体験品質を意図的に分けたデュアルラダーの配信構成を取ることで、高性能端末から低性能端末までしっかりと再生カバレッジを取っていったということになります。結果的に品質・安定性含めユーザーからの評価もかなり高くなっている傾向を観測しました。長年の懸案であったLive品質の向上含め、絶対に負けられない闘い(このワードがサッカー好きに刺さりますように!)において何とか良好な結果を得たということになろうかと思います。
詳しくは、ABEMA Developer Conference 2023においても、さまざまな切り口から言及されていますのでご参照ください。
※Mid Fielderはどこだ、と思ったあなた、良いセンスをお持ちですので是非ABEMAにご入社ください。
結局のところ、動画視聴体験を通じたユーザーの満足度を上げていくことで、その他の副次的効果が現れてくるのです。敢えていうなれば、この順逆をはき違えた施策が打たれることはあってはならないと考えています。
第三章 : Media Asset Management の進化と未来予想図
3章に入ります。
品質論を踏まえて、次のセクションでは、スキーム刷新のコアたるMedia Asset Management体系の進化と未来予想図について語っていきます。
Media Asset Managementとは何でしょうか。
我々は、動画とデータの複合体をMedia Assetと呼びます。そしてこれを資産と捉えているわけです。Media Asset Managementとは、文字通りメディア資産の管理を意味するものとなります。ただ単にクラウドストレージに入れて管理するというのではありません。コンテンツに対し様々な追加措置を講じることで、価値の向上を狙っていくものとなります。
動画に紐付けるデータも多種多様なものがあります。新たな付加価値を生み出す上で、これらを統合運用していくための様々な準備が必要とされます。どういったデータを、どう紐付け、どう使っていくのか、意味のある組み合わせとは何なのか、といったことを考えていかねばなりません。もちろんすでに各種のデータ専門部署も存在しますが、それらと連携しつつも、動画ドメインから切り口をとったアクションを仕掛けていきます。
ABEMAにとってのMedia Asset Managementとは、動画とデータを効果的に活用するスキームを導くシステムと体制、その構築アクションそのものを意味するといえるでしょう。
このような目標を掲げたときに、スキームコアとしてのMAMシステム求められるに求められる要素とは何か考えてみましょう。
- 全ての動画素材を格納し、入稿から処理の実態を制御する
- セキュアで可用性、可観測性の高いメディアサプライチェーンを提供する
- 各種ICTコンポーネントへの動画軸からの柔軟な接続性を提供する
- 様々なステークホルダーに便益を提供しつつ戦略・戦術の更新に対応する
MAMを軸として新技術を利用可能にし、新しい切り口から作られたデータ基盤への接続性を高めていくことに意義があります。早い段階でオンプレを脱却しクラウド環境に素材集約を推進したのには理由があるというわけです。開発観点からのニーズにこたえるだけでなく、実運用においても様々なステークホルダーに便益を提供しつつ、戦略戦術の更新に対応する力を育てていくためにも必要だったということですね。
以下に示す図はスキームコアとしてのMAMのポジションを把握するための概念図です。
MAMシステムを通じて、製作部署、ビジネス部署、運用部署、分析部署など、様々な部署のニーズに応えていくという意思を示しています。
動画の自動処理システム、ID、メタデータ付与基盤としては、すでに初期構想を網羅し、利用者を広げていくフェーズに入っています。今後は、さらにカバレッジを広げつつ、AIによる特徴量抽出や自動レコメンド、クリエイティブ制作支援を強化するといった文脈が強く求められ始めています。
我々の提唱するMAMにおいては、アセット集約によってビジネスプロセスの更新も狙っている点が特徴的となっています。このスキームレベルでのプロセスの更新を仕掛ける上で、開発本部のコンテンツエンジニアリンググループという部署がフォーカスされます。
品質戦略を受けたコンテンツエンジニアリングの立ち位置について
品質戦略・およびそれを実現する体制構築において開発本部のコンテンツエンジニアリンググループ(以下コンテンツエンジニアリングと呼ぶ)という組織の担う役割を紹介していきます。
品質には様々な軸があり、開発においては動画品質、配信品質、再生品質の3軸が重視されています。先ほど紹介したMAQSにおいては、制作品質を加えてスコープを形成しています。さらに、メディアセットとしての品質を視野に入れた場合、スキームを担保する上で運用品質を視野に入れる必要が出てきます。
コンテンツエンジニアリングは、動画のマスタリング品質を握りつつも、メディアアセット化の実務を担うセクションに対する運用設計支援を行います。さらに運用セクション支援を通じて間接的に制作品質にまで踏み込んでいきます。現時点で明確に効果を発揮している要素としては入稿規定・アーカイブ規定と、それらの原理・原則に基づくマスタリングシステムとクラウドアーカイブシステムによる素材サプライチェーンいうことになるでしょう。さらによりクリエイティブなレベルでの支援機能提供も準備されています。
今後はここに、データ戦略との連携性をいかに担保するかという課題が重畳されてきます。
日々、多数の番組が生まれていく中で、新しいスキームを立ち上げていくという意味では、なかなかチャレンジングな課題に挑んでいるということになります。
MAM3.0 コンテンツ展開戦略に寄与する付加価値の提供
そのようなコンセプトを実現していくために、MAMには段階を設定しています。
MAM3.0という段階が次のゴールとして設定され、コンテンツ展開戦略に寄与する付加価値の提供を目指していきます。
CADC2023のテーマとして、”Build Up Always!”というワードが設定されていますが、MAMはまさにそれを表現するにふさわしい題材です。過酷、極まりなかった前日談はさておき、MAMの進化における力点の変遷について言及しつつ、未来へのスコープをお話ししていこうと思います。動画運用スキームを刷新しながら、コンテンツにさらなる付加価値を持たせるために、さまざまな軸からメディアアセットマネジメントは進化をしてきました。
MAM1.0
開発初期から数年間は、動画ハンドリングシステムとしての骨子を網羅することに力点が置かれました。この段階をMAM1.0と呼んでいます。クラウド上にMAMシステムを構築し、動画処理に関するベーシックな要件を満たしていこうとする段階です。MAM1.0では、まずは配信準備に向けたクオリティコントロールを含むマスタリングシステムとしてのメイン動線の確保と最低限の管理メタデータの提供を優先的に実現しました。
※図案スペシャルサンクスto 山田岳人さん
MAM2.0
第2段階として、メディアサプライチェーンのコアとしてプロダクション環境を提供するまでを目指しました。これをMAM2.0と呼んでいます。完パケを処理するラインだけでなく、収録物アーカイブの線であったり、クラウドに保存した動画を使ったプロダクション支援の線であったり、これらを作っていく段階です。いずれもクラウド上での構築となっています。
MAM2.0においては、配信準備のためのメイン動線として振る舞うだけでなく、内外への素材サプライチェーンのコアとなることでポストプロダクション業務の起点となるところまでの構想をカバーしました。
直近で大きな成果を上げた構想ということもあり、少し具体的に踏み込んだ解説をしましょう。
カタール開催の案件の映像信号を扱うにあたり、欧州仕様であるPALから北米・日本仕様であるNTSCへの適合変換が必須でした。地上波と連携する都合上、伝送信号であれファイル納品物であれ、国内で実用に供するまでの経路段階で最適化を済ませるということです。
ダイジェスト動画などのオンデマンド線に関して、特にMAMのプレゼンスが発揮されました。クラウド to クラウドで動画素材を転送し、NTSCへの自動変換を実施する部分をクラウドMAMから提供しました。各所に点在する編集者は、変換後の最適化された動画を取っていけばいいわけです。動画編集においては、クラウド上の素材をそのままVDI(=Virtual Desktop Infrastructure : ここではクラウド上に構築する動画オペレーション環境を意味する )を用いることで、直接編集することが可能ですし、日々のダイジェスト作成などは、クラウド編集で完パケを生成するところまで実施されました。
もちろん、MA(= 音声に関するポストプロダクション処理)などのよりシビアなレスポンスを要するものであれば、動画をダウンロードしてオンプレミスで目的特化した環境で処理することも可能であり、用途・目的に応じた使い分けという意味でも、良い事例を提供できたと考えています。
今となっては、物理メディアでの遠隔スタジオの素材提供、素材共有などは、考えただけでもゾッとします。素材管理体制をクラウドMAMに集約することのメリットを各所で実感できたわけですね。
さらに、メディアサプライチェーンを押さえたことで、完パケに関する規定もコンテンツエンジニアリングで策定したものを波及させ、スポーツ最適化の出力条件を満たす形式での運用を共通化することができました。構想と実務のレベルがぴったり符号したという意味では、非常に良い事例となりました。クラウドソリューションをフル活用することで、多部署・多拠点を連携させる効率的な動画処理スキームを提供し、MAQSで提供した水準での品質統制にも成功したということになります。次なるビッグイベントにおいてはさらに高効率で高品質なスキームが実現可能になることは明白であろうかと思います。
MAM3.0
次に、第3段階ですね。
最近では、MAMに格納された動画に対して最新のテクノロジーを使って新たな付加価値をつけていくことに力点が移っています。
これは、動画処理システムとしてのMAMがかなりの程度整備された結果として、ようやくデータ方面を視野に入れることが出来るようになったとも言えるでしょう。これまで以上に、様々なレイヤーの操作者と向き合う上でのUIの設計を重視している点も注目されます。
どちらかというとMAM2.0よりの話ですが、クラウドレコーディングもできるようになっています。
単純なプロダクションレベルの収録の代替というよりは、動画とデータの連携を効率的に行うためのカスタムラインという立ち位置になります。少し前まではクラウド経由で収録なんて馬鹿げている、といった論調が支配的でしたが、時代は変わってきていますし、やり方次第で品質面でも高いレベルを目指すことができます。これは、配信チームが実施した中間経路の整備の恩恵を受けたものでもあります。
あるいは、クラウド上の素材を扱ううえで、メジャーな映像編集ソフトに依存することなく、非専門家でも使えるような分かりやすい操作性を備えた、コマンディング・インターフェースの開発も進んでいます。
さらに、クラウドに素材を集約した恩恵としてAIを活用して自動レコメンドを生成するような機能の組み込みも可能になってきています。これをチーム内ではメディアアナライザーと呼んでいます。
このように、MAM3.0においては、コンセプトとしてはこれまでにないトータルプロダクションを実現する道筋をつける段階に入っており、新3カ年計画と名を打ってさらなる進化を企図しています。
MAM3.0における組織カバレッジの拡張
まずは中間マスタリング部分に関してですが、MAMの成長とともにカバレッジを広く取ることが可能になりつつあります。
CM・番宣セクションなどへのカバレッジの拡張を考えていいます。
これまでは、コンテンツ本編を対象としたMAMシステムから部分的にエッセンスを切り出した簡易クオリティコントロール・アプリケーション(通称:ABEMA Video Converter)で品質統制を実施してきましたが、処理要件の高度化に伴い対応力の限界に達しつつあります。
この状況に対する解決策として、CMもMAMの体系に本格的に取り込み、クラウド納品システムに自動QC-自動変換機能をインテグレートし、レイアウト解析からの自動編集や、入稿・出稿経路に応じた品質の最適化など、諸要素が実現されていく未来を提示し、MAM3.0の到達点の一つとして設定しました。真の完成形はまだ先にありますが、まずはマスタリングシステムとしての波及を優先することになるでしょう。
以下に示す俯瞰図から、様々な動画流入経路・各セグメントで自律稼働する組織体制に対して、クラウドを用いて適正にアプローチすることの重要性が見て取れると思います。
カスタムUI開発によるMAM利便性向上と多部署展開
Media Asset Management 体系の普及を進めるにあたっては、ユーザーアクションと徹底的に向き合っていくスタンスが必要になります。ビジネスプロセスやユーザビリティに対し正面から向き合うことで、各所の信頼を得ていくということです。ステークホルダーのニーズを満たす高効率なインターフェースという言い方もできるでしょう。
MAM利用におけるカスタムUI開発事例を2例紹介していきます。
MAM Tool
まずはMAM Toolと呼ばれるWebコンソール開発について紹介します。
MAMツールとは、MAM運用上必須となる入り口を支えるWebUIです。オンプレとクラウドをつなぎ、動画データをシームレスに扱っていくためのウェブコンソールとなります。ただのクラウドへのアップロードの入り口ではなく、MAM内での動画処理要件を入力するコマンダー機能も備えています。さらに、ファイル名の管理や基礎メタ情報のセットも、このUIから実施していきます。
見ての通り、かなり事務的なUIとなっているため、動画に対する任意の操作を実現するためには、別のコンソールが必要になります。
Video Mastering Console
MAMの利便性を高める上で、Video Mastering Console と銘打って新規UIの開発を進めています。
世の中には様々な動画処理ソリューションが存在しますが、既存の業務用ソフトウェアは、弊社独自のビジネスプロセスの要求を満たせないケースが多いです。それはそうですよね、我々のために作られたものではないわけですから。
動画処理ソフトウェアとしてはAdobe Creative Cloud など高機能なものは色々ありますけれども、利用にそれなりに専門性を要しますし、本来は実務ドメインでのしっかりとしたトレーニングを要するものです。何より、ただ使えるということと、使いこなせるということ、この差を埋めることは大変なことです。
特にABEMAはさまざまなセクションにおいて目的に応じて動画を操作・処理する必要があるため、人材属性を問わず自動処理の支援を受けて必要十分の水準を常に満たした状態で動画に関する業務を回すには、仕組みを備えたコンソールの開発が必要となります。
ABEMA独自のビジネスプロセスに応える支援機能付きUIというわけですね。
CM挿入点の確定、視聴完了点の処理だけでなく、任意の範囲指定からの切り出しや、マーカー、申し送りの記載、さらには動画解析からのAIによる提案の表示、解析結果タイムライン展開など、様々な用途に活用することができます。
すでにクラウドMAMシステムにインテグレート済みのQCソリューションにより、かなり詳細な動画レイアウトが抽出できることもあり、AIとの組み合わせによって自動編集まで実現する想定で開発を進めています。当然ですが、QCの結果表示に関しても、重要度に応じてタイムラインにプロットされるものとなります。編集ソフト的操作性を備え、QC機能やAIによるサジェストも反映されるコマンディングインターフェースとなる見込みです。
現在は各所からより具体的なニーズ・操作の実態をを拾い上げているところです。動画を直接扱う運用部署やデザイン系クリエイティブ部署はもちろん、申し送り機能などを使えば、法務や経営管理などとの連携も可能になるでしょう。参照元やビュワーを正しく整えることの恩恵が各種現れてくるのは必定です。ステークホルダーごとに面構成が変わるぐらいのアレンジは当然ながら構想に入っています。
もちろん、高度な専門性をそなえたスペシャリストは特化型ソフトウェアを使うことに変わりはありません。用途・目的に応じた使い分けというイメージを持っていただければ良いでしょう。
もろもろ仕上がってくれば、CLや WRESTLE UNIVERSEなど横軸の関連サービスへのノウハウ展開も可能になると思われます。
人材の確保
補足として、人材活用の側面から“Build up Always!”を表現してみました。ここ数年で一気に人材が確保され、人材面での能力も多様化してきています。また、MAMからのプロダクション領域への進出を視野に、動画運用や制作技術をカバーする人材の採用も進めています。初めは数人で始まったMedia Asset Management の開発プロジェクトでしたが、チームも充実してきましたと。誠にありがとうございますという感じですね。新三年計画の実現のためにも、人材の充実は不可避となっているわけです。
第四章 : ABEMA周辺事業の成長を踏まえて見えてくるもの
4章です。
業務に携わる方はすでにお気づきと思いますが、ABEMAと関連サービスの間には密な連携が存在します。
例えば、WINTICKET などはすでにABEMAの1チャンネルを構成するに至っていますし、その他のサービスもペイパービュー注力案件などで連携しています。
さまざまな領域のFan Techに属する動画エンターテインメントサービスが、そのままABEMAのチャンネルを構成する未来もあるかもしれません。
関連サービスの品質向上は結果としてABEMAの品質向上、つまりは競争力の向上につながります。よって今後も横軸の関連サービスへの支援を怠らない所存です。
具体例で言うと、エンジニアリングサイドの人材に対する支援だけでなく、より現場寄りの実務を担当する技術会社へのバックアップやコンセプティングなども積極的に実施しています。どうしてこういう設定や構成になっているのか、前提となる考え方、クリティカルポイント、到達目標を明確にし、皆が仕組みではなく中身に集中できるような前提を構築していくことを目的としています。仕組みはあくまでも中身の表現力を高めるためにあるのですから。
第五章 : Developer Expert としての今後の動き
そういった前提を踏まえて、Developer Expert としての今後のアクションについて言及してみましょう。
- ABEMA及びファンテックを包括する品質コンセプトの統合を進める
新規サービスにABEMAのメディアセットマネジメントのエッセンスを提供する。
これは立ち上げの時が一番大変なので、初動段階で品質に関するベストプラクティスを提供するということです。画一的なものを全Fan Techに渡すというのではなく、軸を定めつつも特性ごとにモディファイされたものを提供していきます。 - 横軸で共用可能なQCソリューションを提供する
クオリティコントロールに関するソリューションについてですけれども、少なくともノウハウ面での共有化を今以上に図りたいと考えています。
例えば広告の項で登場したABEMA Video Converterには各Fan Tech用のモードがあり、活用されています。
それ以外にも、CLのように、アーティストからの投稿機能を開発するにあたって、4K/HDRの入稿が実行された場合の制御機能を、ABEMA Video Converterの実装を進化させる形でクラウドに取り込んだ事例もあります。
- QA結果の共有をおこなう。
これは動画セッティングと再生検証に関する話ですね。
設定は決まったけど実際動画を再生できるのかどうかといったところも膨大なコストをかけてチェックしていきます。
そういうノウハウは横軸への展開が必要であると考えています。
これは、簡単なようで意外とハードルの高いものとなりますが、情報の相互還流を目指して仕掛けていきたいですね。 - 常に新旧コンテンツを多媒体、多環境で消費し、動画視聴体験を更新する
サービスに対して取り入れるかどうかは別として、常に自分の経験値を上げておく、体験とそれを産む環境に投資するということになります。
ここには当然、自動運転時代のモビリティ内でのエンターテイメント消費スタイルに対する視点も含みます。
もちろん自社以外のサービスも積極的に消費してt体感品質として差分を取っておくことも含まれます。 - 周囲の思考の変化を促す提案資料を常に見える化しておく
全体最適化のスコープから、資料はできるだけ公開します。
展開資料をみて、考えるきっかけを掴んだ人々からの、質問、懸念、提案など、いつでも受けられるよう構えておきます。
特に考え方の面で、まずはこちらはこう考えるという提示を行い、リアクションを受けるプロセスは重視しています。
私がこういう登壇をするということもその一環であるということになります。 - ビジネス展開を予測した打ち手を先んじて準備しておく
予測という言葉が最適かどうかはわかりませんが、様々な前提を理解し、来るべき大規模案件に対する対応能力を持つ準備すると言うことになります。コンテンツ戦略における外部環境の変化や既存課題の克服を視野に入れ、どのようなスケールの話が来てもいいように、事前に考え抜いておくと言うことになります。継続的進化のサイクルを回すために打てる手は惜しまず打つということになるでしょう。 - 人材の確保
構想が大きくなるほどに、質の高い担い手も自力で確保する必要が出てきます。
とくに、既存採用枠で表現しきれない人材セットについては、自ら定義を設け、採用枠を確保していく必要があります。これまでも業界再編の波を生かし、有力な人材の採用に成功してきましたが、更なる進化のためにまた新しい採用を仕掛ける可能性は非常に高いです。この点に関しまして、関係各所にお願いに回ることも増えると思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
また、新規事業の立ち上げにあたっては殊に優秀な若手に依存する部分が多いため、この辺りを支援する枠組みも何とか仕掛けられないかと考えています。
長くなりましたが、本セッションでの登壇内容は以上となります。
ご静聴ありがとうございました。
関連資料などは、下記リンクからご確認ください。
登壇関連資料
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【CADC2021】フルクラウド動画運用の実現 さらに横軸連携を見据えたクリエイティブシナジーの構築について
【ABEMA Developer Conference2021】10年先を見据えた動画品質向上戦略と動画運用フルクラウド化構想について
【AWS メディアセミナー】クラウドを軸としたメディアサプライチェーンの構築とカスタムUIによるMAM活用の未来
【InterBEE 2017】AbemaTVにおけるラウドネスマネージメントへの努力