CA DATA NIGHTは、サイバーエージェントが主催するデータサイエンスに特化した技術者向けの勉強会です。機械学習、統計学、自然言語処理、コンピュータビジョン、情報推薦、検索、経済学など様々な専門分野のエンジニアやデータサイエンティストから技術・取り組みなどを紹介いたします。

今回は、「スポーツ × データ」をテーマにお届けします。 サッカークラブでの戦術分析、競輪のAI予想、スポーツ映像のメディアアセット管理基盤――スポーツの現場では、データ分析・機械学習・基盤エンジニアリングそれぞれの専門性が求められています。本イベントでは、3つの異なる領域からスポーツドメインにおけるデータ活用のリアルをお届けします。

本記事は、2026年5月21日に開催した「CA DATA NIGHT#9 〜スポーツの現場を支えるAI・データ活用の最前線〜」において発表された「J1サッカークラブにおけるデータ分析と現場実装の最前線」を書き起こし、登壇者が抜粋、修正したものになります。


「J1サッカークラブにおけるデータ分析と現場実装の最前線」というタイトルで発表させていただきます。よろしくお願いいたします。

自己紹介

木下慶悟と申します。埼玉の高校を出て東京大学に進学し、最初は選手としてア式蹴球部(サッカー部)に入部しましたが、2年次に引退してテクニカルスタッフという分析を担う役割に転向しました。これがアナリストとしてのキャリアの出発点でした。

大学卒業後は大学院に通いながらエリース豊島FCという社会人関東1部リーグのクラブのテクニカルコーチを約2年半務めました。昨年(2025年)10月にプロジェクトに参画する形でサイバーエージェントに入社(第二新卒・26卒)し、FC町田ゼルビアのデータアナリストに就任しました。

目次

本日のコンテンツはこちらの通りです。

グループ設立の背景と現場の課題

設立までの経緯

このプロジェクトは昨年(2025年)2月にスタートしました。責任者である數見さんを中心に、スポーツ現場と技術のギャップを埋めるためのエンジニア・アナリストが参画し、現在は10名近くの規模で動いています。私以外に、オリックス・バファローズや千葉ロッテマリーンズとプロ野球界で10年間アナリストをされていた方や、ロンドンの大学院でデータサイエンスを学びながらサッカークラブの選手とアナリストを兼任されていた方などが所属しています。

今年(2026年)2月、正式にFC町田ゼルビア強化部配下にデータ&テクノロジーグループが新設されました。このプレスリリースの前後には、チームの名護キャンプ、ACL Elite ファイナルズにそれぞれ同行させていただきました。

データ&テクノロジーグループの支援体制

データ&テクノロジーグループは、トップチームにおけるハイパフォーマンス(フィジカル・メディカル)チーム、監督・コーチングスタッフ、および強化部の方々に対して支援を行います。現場に寄り添い、プロフェッショナルな彼らの「意思決定の確度と強度」を高めること。直感と経験をデータで裏付け、迷いなく戦える状態を作るために、長期的なバックアップ体制を整えています。

データ&テクノロジーグループの目標と領域

そして、グループの最終的なゴールは「プロサッカーチームを支える日本No.1の技術者集団になること」です。そのために、「ハイパフォーマンス」「戦術」「編成」の3つの領域で国内最高のソリューションを提供していきます。

現場の課題

強化部の皆さん、コーチングスタッフやメディカルスタッフの皆さんとのコミュニケーションを通して、現場には主にこのような4つの課題があることが見えてきました。

特に1つ目は、データサイロと表現しましたが、スタッフの方々はそれぞれ独自にデータを収集する一方で、それらの情報が分散していて統一されたデータ管理がなされておらず、クラブ内で役割や部門を横断した情報共有や分析が困難な状態にありました。また4つ目は、サッカーという非常に自由で複雑なスポーツにおいて、算出したデータをどのように解釈し意思決定に繋げていくかの難易度が高く、データの活用範囲は限定的でした。

アプローチの全体像と役割

データプラットフォームの構築とデータアナリストの役割

我々はこうした課題を解決していくために、AWS・Databricks製品を中心とするデータプラットフォームを構築しました。スライドの通り、スタッフの方々がこれまで個別に保存していたデータを入力するアプリを開発し、そのほかフィジカルデータ・トラッキングデータ・戦術データなど各種データプロバイダーから取得したデータも含めて一つのクラウドに蓄積していきました。集約したデータを整理、選別、統合、分析することで現場が欲する過不足ない情報に落とし込み、実際にスタッフの方々が閲覧するダッシュボードやレポートの作成までを一気通貫で行うシステムを実装していきました。

その中で私は、戦術・編成領域におけるこのデータフローの終着点、すなわち整理されたデータをどう分析し、どう解釈してコーチングスタッフの方々に届け、どう意思決定へと繋げていくかという部分を担当しています。

戦術領域におけるデータ分析・実装

具体的な戦術や数字の中身を公開することはできないため、今回は戦術領域での取り組みの過程を中心にお話できればと思っています。

戦術分析の歩み

こちらは、私がデータアナリストに就任して以降にやってきたことを簡単にまとめたものです。

  • 2025シーズン分析
  • 戦術評価指標策定
  • ダッシュボード設計

2025シーズン終盤に合流したため、まずは2025シーズン全体を分析するところから始まりました。当時はデータプラットフォーム構築の初期段階であり、使えそうなデータを手動で取捨選択しながら進めていきました。ゼルビアがJ1リーグにおいて戦術的にどういったスタイルで、どのポジションに位置しているか。攻守やトランジション、セットプレーの各局面における強みと弱みは何か。またシーズンを時系列で見た時に浮き沈みがどれくらいあり、沈んだ時期の原因は何だったか。こうした多角的な切り口で分析結果をまとめ、参考資料として強化部の原フットボールダイレクター、2026ハーフシーズン立ち上げ時には黒田監督・コーチングスタッフの皆さんに向けてお伝えする時間をいただきました。

2025シーズン分析

スタッツ集計をして気になったら深掘りをするというマクロな分析が中心ではありましたが、その中でもサッカーならではの難しさがあります(スライドの数字は架空のもので、実際の数字ではありません)。

例えば、サッカーでは攻撃から守備への切り替わり(トランジション)の局面において、ボールロスト後に即座にボールを奪い返した割合を表す「ロスト後再奪取率」という指標があるとします。チームAは30%で、チームBは10%です。この指標だけで比較すれば、チームAの方がボールロスト直後により良い守備の振る舞いをしていると考えられます。

一方、「ロスト後被シュート率」を見てみましょう。この指標は、ボールロスト後にボールを奪い返せず、そのまま相手チームに自陣に侵入され、シュートを許してしまう割合を表します。チームAは15%で、チームBは5%です。

つまり、チームAは「よくボールを奪い返せるけど、奪い返せなかった時は脆い」チームであり、チームBは「あまりボールを奪い返せないけど、奪い返せなかったとしてもあまりやられはしない」チームということになります。たった2つの指標を組み合わせただけで、どちらがボールロスト直後により良い守備の振る舞いをするチームかを判断するのは困難になりました。

あくまで一例ですが、このように、サッカーの分析は常に状況、展開、局面、またその時々のシステムや配置や陣形に依存します。そのため、分析対象をデータで厳密に定義・抽出し、他のあらゆる交絡因子をコントロールする必要があります。

戦術評価指標策定

1月の名護キャンプでは、コーチングスタッフの方々が戦術やコンセプト、チームとして目指していく方向性を揃え、ブラッシュアップしていく過程に携わらせていただきました。選手も交えた全体のミーティングでは、実際に私が算出した2025シーズン分析の数字の一部を説明の裏付けとして参照していただくこともありました。他のエンジニアの皆さんも沖縄の地で現場の困りごとを丁寧に洗い出し、連携しながら一つずつ解決していきました。

チーム戦術やコンセプトが明確化したことで、次の目標を「戦術評価指標の策定」に設定しました。黒田監督・コーチングスタッフの方々による定性的な分析に客観的事実を加えることで、チーム全体の目線を揃え、また共通のキーワードを用いて議論できるようにするためです。

J1百年構想リーグが開幕し、ACL Eliteが再開して以降2月〜3月の約2ヶ月間、データプラットフォームに蓄積されつつあったありとあらゆる指標に目を通しました。継続してモニタリングを行い、自チーム分析を担当するコーチの方と何度も議論を重ね、3つの観点に基づき「戦術をどれほど遂行できたか」を表す戦術評価指標を策定しました。提案した指標は現場の皆さんに採用していただき、現場に導入・共有されつつあります。

  1. 戦術・コンセプトと完全に紐づくか
  2. 試合内容・結果と強く相関するか
  3. 直感的にわかりやすいか

データの可視化

3つ目に挙げた「直感的なわかりやすさ」は、見落としがちですが非常に重要だと思っています。定量的な分析結果を現場に伝えたり指標を提案したりするにあたって、数字の羅列をただ見せるのではなく、定性的な分析や現場のストーリーと整合するようなデータの可視化を心がけています。

ダッシュボード設計

戦術評価指標がある程度かたまってきた段階で、必要最小限の基本スタッツと戦術評価指標を統合したダッシュボードの開発に着手しました。コーチングスタッフの方々が外部の複数のプラットフォームを何度も往復しないと欲しいデータが手に入らなかった状態から、ゼルビア独自の指標を含め「これさえ見ておけば、この試合がどうだったかすべてわかる」「シーズンをどう戦ってきたかをすべて見返せる」という状態を目指して、分析コーチやエンジニアの方々とミーティングを重ね、現在進行形で開発を進めています(こちらもスライドのダッシュボードはサンプルです)。

試合単位の分析サイクル

ここまで戦術分析の長期的なスパンでの取り組みを紹介してきましたが、シーズンが開幕した2月以降は試合単位での分析サイクルを回していかなければなりません。特にこの2026ハーフシーズンのゼルビアはACL Eliteに出場していたこともあり、ほとんどずっと中2日や中3日で試合が続いていくような過密日程でした。

試合後の分析では、出てきた課題に対してデータを用いて因果関係を解析し、介入点を特定し、解決策を提案するというところまでできるように意識的に取り組んできました。中でも試合単位というスパンにおいて重要だと感じているのは「介入点の特定」です。

てこの原理に由来するレバレッジ・ポイント(わずかな力や変化で全体に大きな影響を生み出す急所)という言葉があるように、特にシーズン中は改善のしやすさと改善できた時の影響力の大きさを天秤にかける必要があります。チームとしての戦術的な流れやストーリーを慎重に観察しながら、タイミングを見て、あるいは必要としていただいたタイミングで、現実的に改善可能な部分についてデータや分析結果を持っていくようにしていました。具体的には、戦術のどの階層の課題なのか、また因果のどれほど起点であるのかという点に着目していました。

極端な話、例えば攻撃力を最大の武器としているチームに対し「失点の多さが課題なので今日から守備的なチームを目指しましょう」などという提案が的外れであることは誰もがわかるかと思います。シーズン中はいかにチームとして戦術の一貫性を保ちながら、限られた時間の中で改善を図っていくかが重要なのだと感じています。

こうした試合単位の分析と長期的なスパンでの取り組みを並行して進めたことで、ポジティブな相乗効果が生まれました。当初は現場の皆さんから「こういう課題があると思うんだけど、データを見てみてくれない?」というようなご要望をいただくことが多く、データを「仮説検証の材料」に用いることがほとんどでした。しかし、戦術評価指標が定まっていく中で、「こういう数字が出ているということはこういう課題があるかもね」というように「仮説構築の材料」としてもデータを用いる機会、そういった対話が少しずつ増えていった実感もありました。

まとめと今後のロードマップ

まとめ

ここまで技術的なアプローチや取り組みを紹介しましたが、何よりもまずは信頼関係を構築するということだと考えています。プロフェッショナルな現場の方々を支える集団として、チームジャージを身につけグラウンドに出て時間と空間を共有するということ、グラウンドでの立ち姿や髪型や服装などの外見も含めて、現場・サッカークラブにいても浮かないようにすることを意識してきました。まだまだご指摘をいただくことばかりですが、これからより一層がんばっていきたいです。

我々はデータとテクノロジーを扱う役割としてチームに関わらせていただいていますが、定量に逃げないこともまた重要だと感じています。私の根底にあるのは、サッカーというドメインをより深く理解したい、このチームをどうよくできるかを探求したいという熱量です。そのため、コーチングスタッフの方にデータとは関係のない定性的な意見を求めていただいた時は、熱量を共有できたのだと感じてとても嬉しかったです。

最後は、データは出すだけでは意味がないということです。現場の言葉で対話を繰り返し、必ず「より良い意思決定」に繋げるという課題意識を持って、これからも取り組んでいきます。

今後のロードマップ 対戦相手分析の自動化

ACL Elite ファイナルズでは、中3日かつゼルビアの試合の翌日夜に次の対戦相手が決定するというスケジュールでした。実質的に対戦相手の分析にあてられる時間は約1日という中で、スタッフの方々の準備の過酷さは想像を絶するものだったと思います。

今回の発表では自チームの戦術分析を中心にお話しましたが、AIエージェントを本格的に運用して対戦相手分析を支援していくことも始めています。定性分析にかける時間と思考が大きな価値を生むという前提も踏まえて、何をどこまでAIが担っていくか、相手分析を担当しているコーチの方と密に擦り合わせを行いながら進めていきます。

今後のロードマップ リアルタイムのデータ取得・分析

戦術評価指標を提案した際、コーチングスタッフの皆さんから「この指標、試合中にリアルタイムで取得できたら良いね」というご要望をいただきました。現状、相手も含む高次のトラッキングデータや戦術データは試合後にならないと取得できません。今後我々は、サイバーエージェント社の持つ知見と技術(例えば競輪・WINTICKETの提供する映像システム「WINLIVE」など)をサッカーに応用することで、リアルタイムでデータを取得・分析することができる状態を目指します。そのための実証実験も既にスタートしています。

まだまだ道半ばですが、何よりプロジェクトをチームの結果に繋げられるよう、これからも全力を尽くしてまいります。本日はありがとうございました。